第10話 死は救い
「苦しくて痛いかもしれないけど、心配いらないわ。貴方は死なないようになっているから」
「────っ⁉︎」
これが、彼の望んだ一言のはずだった。
ノーマンの望んだ『死にたくない』という気持ちを汲んだ言葉。
最後の最後に希望を与える部分は、私的に、かなり優しさを持っているように思える。
そう、ノーマンは死なない。
私がそういう魔法を使ったのだ。
蟲は、彼の血肉を食らうが、彼の身体は、傷を受けても回復し続ける。
──つまり、ノーマンは不死身の肉体を手に入れたのだ。
「良かったわね! これでずっと生きられるわよ!」
「んんっ〜〜〜〜⁉︎」
ただし、蟲たちに血肉を食われ続けるという条件付きだが。
苦しみ、痛みが消えることはないけれども、絶命するという可能性はない。
ノーマンは、バタバタ動く。
痛みを和らげようと、必死に抵抗する。
その様子が、あまりに滑稽で……自然と口角が緩んだ。
──すぐに死なれてしまったら、制裁にならないものね。
「大丈夫。貴方への制裁が完了するまで、その命が尽きることはないわ。暴れないで、思う存分、蟲に肉体を貪られなさいな」
彼は、この制裁が終わるまでは死なない。
逆に言えば、この苦しみが終わらないということでもある。
常に痛みを感じ眠ることさえ許されない。
両腕はなくなり、足も私の作り出した魔法の泥沼に囚われて、身動き一つ取れない。
蟲からの痛みを受け続け、精神は数日もしないうちに疲弊し切るに違いない。
きっとすぐに発狂する。
自我が崩壊する。
人間としての何かが壊れる。
形だけの存在となる。
……数日経過したら、ノーマンは空っぽの器だけになるだろう。
けれども、彼はそれだけのことをしてきた。
当然の報いだ。
──それに、悪人が廃人になろうとも、私の心は一切痛まない。
「じゃあ、制裁が終わる時まで……ごきげんよう」
ノーマンが苦しむ光景を暫く眺めてから、私はゆっくりと地下室の扉へと向かう。
「んっ、んんっ……!」
全身が蟲に覆われているノーマンだったが、瞳の微かな輝きが、必死に助けを求めているのを表していた。
けれども、私は足を止めない。
彼の苦しむ姿は、十分に堪能した。
もう、この場所に用はない。
「安心して、この制裁は無限に続くわけじゃないわ」
地下室の扉の取手に手を掛けながら、私は彼に聞こえるような声で告げた。
「…………⁉︎」
「本当よ。嘘じゃない」
魔法というものに永続的な効果はない。
必ず、どこかで効果が失われるタイミングが存在する。
そのトリガーの存在をノーマンに伝える義務はない。
けれども、敢えて私は、彼に向かって微笑み掛ける。
希望を持たせ、またどん底へと叩き落とす。
──そういう瞬間が、一番気持ちいいのだ。
「地下室の扉が、再び開かれた時……貴方は、その蟲たちによる苦しみから解放されるわ」
鈍い音を立てて、私は地下室の扉を開いた。
私がここを出て、他の誰かがこの地下室への侵入を試みる。
そうして、初めて、彼の苦しみは終わりを告げる。
しかし恐らく、彼がこの苦しみから解き放たれるのは、相当時間の掛かることだろう。
それは彼自身も理解していた。
──この地下室は、特殊な魔法によって隠蔽され、簡単には見つけられないようになっている。
それこそ、この土地の所有者であるノーマンでない限り、地下室の入り口を探し当てることは不可能に近い。
見つけられるとしたら、ごく一部の優れた魔法使いくらいだろう。
「……けれども、次にこの扉が開かれるのは、一体いつになるのかしらね?」
何週間?
何ヶ月?
何年?
何十年?
何百年?
彼が真に苦しみから逃れられるのは、どれくらいの期間を経るのかは分からない。
ただでさえ扉は見つかりにくい。
加えて、私の隠蔽魔法も、二重でかけてあげるつもりだ。
ノーマンはきっと、生きたいと願っているだろうから。
ちゃんと蟲たちの苦しみを味わってから、解放させてやるのが一番いい。
「それから、言い忘れていたけれど……」
扉を閉めつつ、私は彼に最後の真実を伝える。
何よりも残酷で、救いようのない真実を──。
「扉が開かれた瞬間に、苦しみから解放される代償として…………貴方は、死ぬわ」
……何度も言うが、彼への制裁は死ではない。
死んだ方がマシだと思えるくらいに酷い苦しみを与えることである。
だから、私の最後に告げた残酷に聞こえる一言。
あれは、ノーマンにとって唯一救われる手段だ。
『死は救い』
その本当の意味は、生きている苦しみから解放されることに他ならない。
地下室に外からの光が差し込む。
だが、私が外に出て、扉を閉めたことによって……その光は、当分見ることができないものとなった。
ノーマン=グリル=レドルフォン。
蟲地獄にて、
──制裁完了。
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