第3話 目の前にある理不尽に立ち向かうだけ




 ──この世界には奴隷商というものが存在している。




 その名の通り、奴隷と呼ばれる人権すらない者たちを売買する組織のことだ。

 そして、この奴隷商の中には、国家公認のものまで存在する。


 人の尊厳など考えない。

 奴隷には、選択肢も何もない。

 彼らは、等しく理不尽な世界に囚われている。


 そんな奴隷商であるが、国家がその運営を認めている影響から、批判する者の声はそこまで多くない。

 表向きは、だが。

 国営の奴隷商に文句を付けた者は、皆等しく奴隷に落とされるか、秘密裏に殺害される。


 奴隷商があることで、国の上層部には利益を得る人が多いからだ。

 この世界の階級制度において、下の者は損をし続け、上の者だけが甘い蜜を吸い続ける。


「…………本当に、酷い世界」


 そして、下の者たちは、自分たちが損をし続けていることに気が付かない。

 上の者がそれを察しないように印象操作をしているからだ。


 

 王都から遠く離れた小さな村。

 そこには、奴隷商の名誉代表と呼ばれる男がいた。

 奴隷は、払いきれないくらいの借金を背負った者であったり、犯罪を犯した者だったりがなる。

 だが、この名誉代表が奴隷として虐げている者たちは、その枠組みに入る人ではなかった。


「…………助け、て」


 足にしがみついてくる手があった。

 下を向くと、そこには薄汚れた服を着た少女がいた。

 驚くほどに痩せ細り、ところどころ殴られたような青痣が見られる。

 

「……食べ物を……水を……ください」


 飢えているのだろう。

 生気が宿っていない。

 ハイライトの消えた死んだような瞳には、私の姿が映っているだけだった。


「……貴女は何者?」


「……私、奴隷じゃない……のに」


「そう、もう喋らなくていいわ」


 その一言を聞き、私は彼女から情報を聞き出すことをやめた。

 それ以上に語られても、私の知っていること以上の話は聞けそうにないからだ。

 私がこの村に来たのは、奴隷商の名誉代表に会うため。

 

 だからこそ、こうして無駄に着飾ってきた。

 名誉代表が私を手に入れようと考えるように、私はオシャレというものをしたのだ。

 

 息を吐き、その先にある目立つ屋敷へと視線を向けた。

 そして、足を前に踏み出す……そのつもりだったのだが、足首に違和感を感じた。

 前に進もうとする私の足を、未だに奴隷の少女は強く掴んでいたのだ。


「……だめ……貴女も、捕まって……酷いこと……され、る」


 ああ、時間がないのに。

 食べ物と水は、あまり手持ちがない。

 けれども、それを与えればきっとこの足に纏わりつく手を離してもらえると思い、手持ちの食糧を分け与えた。


「これで、我慢しなさい……私は行くから」


「待っ……て。これ以上進んじゃ……だめ」


「食料はあげたでしょう。私の邪魔をしないで」


「……その先、は……本当に、危険……なの!」


 ──そんなこと……知っている。


「知ってるから、離して」


「……え?」


 奴隷の少女は、驚いた拍子に手の力を弱めた。

 その隙を見逃さず、私は距離を置く。

 

 そう、私は自分の意思でここに来た。

 ここにいる可哀想な奴隷たちと違って、誘拐されて、連れて来られたというわけではない。

 

「なんで……?」


 少女は意味が分からないと言ったような顔で、疑問を投げかけてくる。

 そんなことを問われるとは思わなかった。


 これまで、私の行動原理を気にするような人がいなかったので、こういうことについて悩まなくてよかった。しかし、少女に問われたことで、私は言葉に詰まってしまう。


「……なんで、でしょうね。私にも説明は難しいわ」


 そう、言うしかなかった。

 この先に進むことに、大きな意味はない。

 ただ、私の日常を送るだけの通過点でしかないから。


 奴隷商の名誉代表に会いたいというのも、私が目的を果たすための行動原理に過ぎない。

 ただ、私は、私の生きる道を進むだけ。

 全ての理不尽に、真っ向から立ち向かうために。

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