海の玉並べ-2 刀/メモ帳

 事務所までの道を二人で並んで歩いている。


「さっむ……天いっつもそれ着てるけど寒くないの?」

「別に」


 何気なく話しかけてみるも天はぶっきらぼうに返した。事務所に行く度に彼女と会ってはいるが、未だに距離感が掴めない。敬語を使い続けていたはずの天もいつのまにかタメ口で話してくれるようになったが、世間話をしようにも今のように返されてしまって話の広げられないのだった。


「……それは?」


 天がぶら提げている大きく膨らんだレジ袋を見る。


「ごはん。足りなくなったから」

「ふーん……」


 よく見たらアイス菓子の袋が積み木のように重なっている。まさかアイスだけ食べてるわけじゃないよな。


「近衛さんは今日も?」

「ん。そうだよ。いい加減給料貰わないと。天、お話屋ってそんなに金欠なのか?瀬古さん結構忙しくしてるし、稼ぎが悪いわけじゃないと思うんだけど」

「お金のことは知らない」

「……その割には沢山アイス買ってるけど。それは?」

「ごはん」

「アイスが!?……いやそれしか食べないとか流石に身体によくないぞ……」


 きょとんとした目で見てくる天はレジ袋を俺の目線のところまで持ち上げてきた。


「別に悪くない。ちゃんと考えて買ってる」


 よく目を凝らして見ると、半透明なレジ袋の中には冷凍食品のカラフルな包装も含まれていた。パスタとか野菜類だ。


「アイスも色々あるから」


 ……冷凍食品も含めてアイスと呼んでいるらしい。


「溶かして食べるアイス。アイスなのに、少し変」


 天も割と不思議な子だよな……と思うひと時だった。



 佐々木迷宮の件で出会った少女、天。見た目こそ普通の、少し不良みがあるファッションの中学生に見えるが、その実態は違う。


 怪異に襲われた俺の前に颯爽と現れ、襲い来る怪物をバッサバッサと切り裂いていった殺陣師もびっくりの剣豪少女だ。その細腕には男性一人持ちあげられるほどの怪力が秘められていて尚且つ同時に全力疾走できる。華奢な身体は鳥のように空間を飛び回り、その剣捌きも眩く、剣先の光で綺麗な円弧を描いてみせたほどだった。何かとそういうモノとよく出くわすらしいお話屋の用心棒。それが彼女だった。

 今隣にいるのは人見知りな方の天だが、戦うとなるとその雰囲気は様変わりする。イメージしたのは夜に揺れる白い花一輪。しっかりと根を張っていて月光をいっぱいに浴び続けている。この状態になると彼女は男性口調になりとても冷徹な戦士となる。容姿自体は同じなのに、まるで違う人間のようだった。中身だけが換わられたかのような、そんな印象を覚えていたのだった。


「その剣、いつも持ってるよね」

「……」


 天は無言だったが、僅かにリュックと同じように背負っている細長い袋に目をかけた。その中に彼女の愛用する刀が隠されている。


「……持ち歩いてて大丈夫なの?」

「なぜ?」

「だって本物の真剣だろ、それって。警察の人に声かけられたりしないの?」

「瀬古さんに、部活で使うものですって言えって」

「あー、なるほど」


 剣道部かなんかと思わせるってことか。


「でも、本当に大事なんだな。それ」

「……」


 目の向きだけを俺に向ける天。


「だって、今は買い物しに来ただけだろ? それなのに剣を持ち歩くんだからさ。事務所にいるときだって、どこかに置いたりせずにずっと持ってるだろ?」


 怪訝そうに首を傾げる天。剣を持ち運ぶことの是非について思案しているようだ。そして疑問を抱えたまま聞き返した。


「そんなに、おかしいこと?」

「いや?」

「じゃあ、どうしてこれが気になるの?」


 幼い子供に当たり前のことを聞かれた気分だった。言わなくてもわかるようなことを説明するのは少し難しい。しばらく頭で言葉をまとめてから答える。


「だって剣だよ? 昔ならまだしも、今は刃物とか銃とか日常的に持ち歩いてたらすぐ逮捕されるだろ。それでも肌身離さず持つっていうのは、本当に大切なものなんだなって」


 すると視線を地面に落とす天。物憂げな様子で彼女はまた何かを考えている。


「剣ってだけで捕まるなんて。ここも生きづらい」


 零すようにそう言った。まるで剣自体に感情移入しているよう。それほどまでに天はこの剣を大事にしているということか。


「……何してるの?」

「え?……あ」


 自然とメモ帳に色々と走り書きしていた。彼女を見て感じたことを無意識に記していた。


「これは、えーと、俺の仕事道具っていうか。大切なものだよ」

「近衛さんの大事なものがその小さい本?」

「そうだな……天のソレと同じで、きっと取り上げられたら悲しくなると思う。これの中には俺の見てきたものがたくさん入ってるから。ある意味、もう一人の自分みたいなものかも。ん、いや、脳……かな」


 すると天は立ち止まった。このメモ帳に興味を示したのか、俺の手元を眺めている。


「……見たい?」

「え?」


 意外そうな顔で天は俺の顔を見た。


「じゃあ、はい」


 天の前にメモ帳を差し出す。代わりに天の持っていたレジ袋を受け取った。

 最初のページからじっくりと呼んでいく天。なんだか妙に気恥ずかしかった。


「そんな簡単に人に見せていいものなの?」

「ああ、いいよ。少し恥ずかしいけど、隠すほどのものじゃない」


 また意外そうな目で俺を見たが、すぐに手元に視線を戻した。


「……あ」


 ページをめくる手が止まる。どのページで止まったのか気になって覗いてみると、ちょうど佐々木迷宮のところだった。天の指は、俺が初めて天のことを書いた場所を指していた。


「ああ、そこは———」


 説明しようとするが何故か段々と顔が熱くなってくる。なんだか、よくわからないけれど、何かが丸裸にされたような気がして、


「ごめん、やっぱすごい恥ずかしくなってきた」


と言って少し強引にメモ帳を取り戻したのだった。自分から見せたクセに、いざ見られていると変に恥ずかしい気分になってくる。読んでいた物を取り上げられた天は怪訝な視線を俺に向けていた。


「わたしのことも書いていたの?」

「仕方ないだろ、そんな気質なんだ俺は。少し気になるものがあると書いておきたくなるんだよ」


 天はずっとメモ帳の方を見ている。ますます恥ずかしくなってくる。抱きかかえるような形でメモ帳を隠したのだった。


「子どもみたい」

「……俺が!?」

「ううん、その本が。すごく守ってるみたいに持つから」


 ……なるほど、そんな風に見えるのか。俺が赤ん坊を抱きかかえた親のように見える、ということか。


「それが近衛さんの、家族」

「……え?」


 一人相槌を打つ天。そのまま前を向いて歩きだした。


「ちょっと、このアイス……天、待って!」


 見た目相応の重さもあるレジ袋を持って天を追いかけた。

 陽の色は夕立ち。ゆっくりと歩きすぎてしまった。天の足は意外と速く、事務所に着くころにはすっかり息も上がっていたのだった。





「槙くん、天ちゃん。こんな季節だし海行こうよ海!」

「は?」


 瀬古さんに会って早々切り出される話題。明日の天気は雪だとガサガサな音声を鳴らすラジオがそう伝えてすぐのことだった。

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