2-1

ちらほらと色づきはじめた葉っぱが、緑の濃い森林の中に思いがけずカラフルに点在する、初秋の高原。

その間をぬう真っすぐな国道を、黒塗りのセダン車マークXが危なげのないステアリングで、ユッタリと走って行く。


国道沿いに見える湖では釣りがさかんだというが、平日の昼さがりとあってか、道路は閑散としている。

それに、フロントガラスごしに差し込んでくる日ざしは、あまりにもノドカで。

通りがかりのうどん屋に寄って満腹になってきたばかりのせいもあり、ノンキャリアでありながら27才の若さで警視庁の警部の座につく犬丸いぬまる警部とて、睡魔すいまの誘惑をおぼえずにはいられなかった。


眠気覚ましに爽やかな高原の風を浴びたくて、パワーウィンドウのスイッチに片手を伸ばしかけたが、ふっと横目で隣を一瞥いちべつしたとたん、その手をハンドルに戻した。

深いタメ息で、アクビをまぎらわしながら。


なにしろ、助手席に座る線の細い少年は、この数日間というもの昼夜を問わず1時間以上の睡眠をマトモにとっていないというのだから。

憔悴しょうすいしきって落ちくぼんだ茶褐色の瞳の下には、ドス黒いクマを幅広く浮かび上がらせているし、見るからに毛色のよさがうかがえる繊細な細面ほそおもては、気の毒なくらいに青白い。


先ほど一緒に昼食を食べに入った名物のうどん屋でも、ほとんど料理に手をつけていなかった。

少年の残した天ぷらを代わりに平らげたせいで余計に、犬丸警部の血流は灰色の脳細胞まで行きわたらず、胃袋で渋滞じゅうたいしてしまっているのだ。


ワイシャツのエリ元をくつろげてネクタイをゆるめ、両ソデを腕まくりしてきたえ抜かれた小麦色の上腕二頭筋を見せつけている警部に比べて、少年のほうは、シャツの首元をボタンとネクタイでピッチリ封じ込めたうえに、制服のブレザーを着込んでいる。

それでもまだ肌寒そうに、シートベルトをしめた上体を少しかがめながら、両手で自分自身を抱えていた。


「後ろのトランクに毛布があるから出そうか、圭斗けいとくん?」

犬丸警部は、見かねて声をかけた。


宇佐美うさみ 圭斗けいとは、ふいに声をかけられただけでビクッと細い肩をふるわせてから、

「いいえ、大丈夫です。ご心配かけてスミマセン……」

と、シボリ出すようにカスレた声をあげた。


もとより小動物めいたナイーブな印象のある容姿ようしなのが、たび重なる災難によって終始おびえて、ビクビクしている。

まるで、ケガをして追いつめられたウサギのようだ。


正義感の強い犬丸警部のごときは、ムショーに庇護欲ひごよくをそそられて仕方ないのだが、このテの少年に対しては、庇護とは正反対の邪悪な欲望を抱くタイプの人間も少なからず存在することを、職業柄よく知っている。

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