第36話 地下室で(カイエン視点)

自分でも愚かな行動であったと思う。

では、どうすれば良かったというのであろう。





『セレンは我が屋敷で眠っている。何もしやしないさ、丁重におもてなししよう。…君の行動次第でね』


ロイドは僕にそう言った。

焦りが思考の邪魔をする。

ここで選択を誤れば、セレン諸共破滅するだろう。

そんなことを思えば思うほどーー


浅い呼吸を正し、セレンをロイドの元に置くことだけはならぬと判断した。

もし仮にロイドが嘘をついていたとして、セレンがロイドの手の内にいなければ最悪自分自身の破滅に終ろう。

しかし、真実セレンがロイドの元にいるのならば…


どちらにせよ、事実を確認する必要性がある。

ならば、最善の策はロイドについて行くことだろう。



そうして、最大限の警戒をして入った屋敷の地下の一室。

開けるように促された扉を開くと、そこには横たわった王太子殿下がいた。

僕は驚き、駆け寄ろうとしたその時…

後ろからロイドに殴られて恐らく卒倒した。

瞬間、警戒よりも驚きが上回ったことを後悔し意識が途切れた。



そして、今しがた目が覚めた。

起こしてくれたのは、他ならぬ王太子殿下だった。

慌てて起き上がり、挨拶しようと立ち上がると後頭部の痛みでうずくまった。


「君、大丈夫か!?」

「お、王太子殿下…失礼致しました…」

「そんなことは良い!この際、僕が誰かというのは二の次だ。状況を確認して…ともかく、ここからの脱出を優先事項としよう」


祝典などで見るノーマン王太子はとても控えめな印象を受ける。

ご令嬢などに対しては緊張してしまうし、いつもどことなく頼りなげだが…

(本当にあのノーマン王太子殿下なのか…)


僕はいささか困惑しながらも、ここに来るまでの経緯を話した。

ノーマン王太子は時折質問を交えながら、うんうんと聞いた。

全てを話し終えると、王太子は少し考え込んでポツリと言った。

「ロイドは私の事が嫌いでね…」

「どうやら、僕も嫌われてしまったようです」

言って目線が合う。

薄い水色の透き通った目が、王族の血が濃いことを示している。

一滴の濁りもない美しい瞳は、だが清も濁も嫌というほど味わっているのだ。


「君とは気が合いそうだ。名は?」

「大変失礼致しました。ノーマン・ライアンハート王太子殿下にお目にかかります。カイエン・ホワイトと申します」

「ホワイト伯爵の御子息か。騎士団でその名を知らない人はいないな」


(なんと不思議な人だ)

この状況にしてこの落ち着き、そして上に立つものの威厳。

父親である国王陛下の影がちらつく。


「まさか、ノーマン王太子殿下もロイド様に?」

「そのまさかだ。自分の生誕祭でこんな事が起こるなんてお笑いさ。…知っていると思うが、私は緊張しいでね…王太子にあるまじきこととは思うのだけれど、それがどうにも…」


そうなのだ、この王太子がこんなに落ち着き払い一人の男としてこうして話している事が驚く。


「どうにも僕は…ご令嬢の視線が苦手でね。美しい人に見られると、もうダメなのだよ」

自嘲の笑みで頭を掻いて続ける。

「先ほどもあるご令嬢に挨拶されたのだけれど、あんな綺麗な人は初めて見た。心臓が口から出るんじゃないかと思って、人々に醜態を見せるわけにもいかず後ろに下がったところで、ロイドに声をかけられてな」

「失礼ですが、そのご令嬢というのはまさか…」

「うん?セレン・ウエストバーデンと言ったな…父は一度会っているらしいが私は初めてお会いしたもので、免疫がなくてね…」

一度会っていればまだなんとか耐えられたんだが…とボソボソ言っていた。


「その、セレン・ウエストバーデンも恐らく今件に絡んでいると思われます」

ノーマン王太子は目を丸くして生唾を飲み込んだ。


「彼女は僕の、婚約者ですから…」

と言うと、薄い水色の目を細くして、ますます君とは気が合いそうだなと言って笑った。




そうして、僕は今までのことを話し始めた。

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