第19話 南の領地にて
海がほど近い、ウエストバーデン家が有する南の領地の別邸でしばらく過ごすことになった。
ことの経緯はこうだ。
なんと父にカイエンを紹介した。
もちろん、恋人として、将来を考えている事を伝えた。
父は一瞬顔を顰めたが、「セレンが選んだのであれば」ということで了承してくれた。
そして、先日ニール公爵に襲われた事件について詳細を話した。
恐らくロイドが関わっていること、肌の文字を見られたこと、そしてーーその文字を見ても顔色を変えなかったのがカイエンただ一人であったこと。
父は時折、顔を真っ赤にして怒り私の肩を抱いて慰め、全ての話を聞き終えるとカイエンに「娘をよろしく頼む」と言ったのだ。
すぐに婚約したらどうだなどと言うので、気が早いから少し待ってほしいと嗜める。
それほどまでに短時間でカイエンを気に入ったようだった。
しかし、カイエンは二ヶ月間の遠征が決まっていた。
「レントリーという南の街で…詳細は話せませんが…」とカイエンが説明すると
「レントリー!ならばちょうど良い」と父がにこにこと執事を呼んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
レントリーから別邸のある南の領地は馬車で二、三十分の距離にある。隣町だ。
父から、近ごろ別邸に寄れていないから様子を報告してくれという尤もらしい理由をくっつけて、遠征地の近くまで旅行に来たと言うわけである。
「ここも久しぶりね」
海が見える二階の窓を開ける。
「お嬢様はお変わりないですなあ」と老齢の執事から柔らかな声をかけられる。
別邸を管理している爺やだ。
「そういう爺やも変わらないわね。元気そうで嬉しいわ」
というと、小さくホッホッと笑う。
「爺はもう歳をとりまして、ほれ、今ではもう毛が真っ白です」
「あら、爺やは昔から真っ白だったわ」
「三十年前は黒かったですぞ」
「私、産まれてないわね」
「おや、お嬢様は今年いくつでしたかな…」
「え、爺や…?あなた…まさか…ぼ…」
「嘘でございまするー!爺やの意地悪でございましたー!お嬢様は今年で十八ですー!」
と言って、謎の手つきで指を指された。
(本当にやめて…)
セレンはドキドキした胸に手を当てて冷や汗を流す。
「爺や、私もう子供じゃないのよ…」
「いやはや、お嬢様はいくつになってもお可愛いですから、つい昔のように揶揄ってしまいますなあ。ホッホッ」
爺やは目を細める。
「お嬢様が大切な人を見つけられたと…ご主人様からお手紙を頂いた時は約束を破られたと思って昔のように意地悪したくなりましてな」
「約束?」
「爺がお嬢様のお嫁姿を見るまで生きられるかと言ったとき、小さなお嬢様と交わした約束にございますよ」
ーーやだ!セレンけっこんしないもん。としとった爺やの、めんどうみるもん。やくそく。ゆびきりよ!ーー
そうだ、この別邸の庭で花の冠を爺やに被せて遊んだっけ。
(確か、その後転んで爺やにおんぶされたわ)
「爺は、見とうございますよ」
「え?」
「お嬢様がお嫁に行く姿を」
「きっと見なきゃダメよ。まだまだ長生きして欲しいわ。お願いよ」
老齢の執事は目尻を下げて頷いた。
ふんわりと良い香りが漂った。
紅茶を運んできたレーラが、マンゴーのタルトを持ってきたのだ。
「私、こちらに来るのは初めてですけれど、フルーツがたくさん取れるのですね」
「そうね。パッションフルーツやライチなんかも特産品なのよ」
この温暖な気候は沢山の果物を豊作にした。
(元々爺やは本宅で雇っていたけれど、暖かい気候の方が身体にも良いだろうからと、こちらに越させたのだわ)
ウエストバーデン家では、高齢になった使用人を雇い止めすることなく、別邸で暮らしてもらいながら管理を任せる。
「夕飯はお嬢様の好きな白身魚のカルパッチョにしますってシェフの方がやる気満々で言ってましたよ」
「ふふふ、そう。嬉しいわ」
タルトを口に運ぶ。瑞々しくて、甘い。
ここのシェフはスイーツ作りが得意だ。
(タルトが好きって覚えてくれてたんだ…)
カスタードクリームは甘さが控えめで、タルトは私の好きなクッキー生地だ。
タルトとカスタードの間に薄くレモンクリームが敷かれ、酸味が程よい。
(本当に芸が細かいわ)
早くこのお菓子をカイエンと食べたいと思うのだった。
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