第7話 美味しいパンケーキの食べ方
数日、私は塞ぎ込んだ。
なぜ塞ぎ込んだのか自分でもよく分からない。
ただ訳もなく脱力し、気怠かった。
(うー…風邪を引いたわけでもないのに。胸がむかむかする)
オススメの店というのはどんな甘味を扱っているのだろう。
もそ、とベッドの中、枕に突っ伏した。
ロイドはまた来るのだろう。
その時、私は断り切れるのだろうか。
胸がつかえる気がした。
ノックが響く。
レーラだ。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「ん、どなたからかしら?」
「ホワイト様です」
それを聞いてガバッと起き上がった。
便箋は2枚。
2週間、遠征から戻れないが帰ったらオススメのお店に連れて行きたい旨が書いてあった。
そして、タルトは家族が見ているから心配ないというようなことが書いてある。
最後に、差し出がましいことを聞いて申し訳なかったという謝罪で締め括られていた。
「お嬢様?」
ほんの少しだけホッとして、くしゃ、と便箋に顔を突っ伏した。
私はまだこの人のことをよく知らないけれど、子犬にタルトなんて名前をつけてみたり、甘味の美味しいお店に連れて行ってくれるなんて言ってきたり、余程甘いものが好きなのね。
「ふふふ、甘味仲間ね!嬉しいわ」
私は、ベッドから降りると、お気に入りのドレスに袖を通した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
約束の日に、カイエンは迎えにきてくれた。
「楽しみだわ」
そう言ったきり、会話がなくなった。
でもなぜか、何も話さないけれど、何か話さなくてはとも思わない。
見つめ合うでもなく、それぞれが好きな方を向いて。
面白いものがあったからと言って話題にするでもなく。
私は、まるで時間を溶かす様な錯覚をした。
そう、砂糖菓子のようだ。
ほろほろ溶けて甘いけれど、あとは何も残らない。
贅沢な時間だと思った。
それでも時折口にする言葉は、あの子犬のことや遠征での日々のこと。
「あなたは私といて退屈じゃないのかしら?」
「なぜそう思うのです…こんなに美味しいパンケーキを食べながらそんなこと言うなんて…」
カイエンは一切れごとに黄金色の蜂蜜を垂らす。
「いいえ、良いの。ただあまり色々聞かれたりしないので…こないだのこともあったし…」
「だって貴方は聞かれたくなかったのでしょう?だから追求するのはやめました。もし話したくなったら教えて下さい」
「貴方って良い方なのね。良いお友達になれそうだわ。時々タルトの姿も見せてくださる?」
ヘーゼルの瞳が微かに揺れた。
「ウエストバーデン子爵令嬢、僕は…」
「だからどうか、甘味仲間にまた美味しいお菓子を教えてくださいね」
バターと蜂蜜の香りが紅茶の香りと混ざって、午後の時間をゆっくり動かした。
カイエンはまた一切れ、蜂蜜を垂らして口に運ぶ。
「うふふ」
「どうしましたか?」
「それ、その食べ方。私も真似してみるわ」
やわらかなパンケーキを一口大に切ってから、蜂蜜をかける。
ぱくんと口に入れた時の蜂蜜の衝撃が駆け巡る。
「美味しいでしょう?蜂蜜を先にかけると生地が吸ってしまいますが、食べる前にかけると甘みを感じやすいですし香りも豊かなのです」
「ええ!すごく美味しいわ!私、これからこうやって食べることにします!」
と言うと、そんな大袈裟なと言ってカイエンは笑った。
「私、こういう何でもない時の流れを感じるのが好きなのです。だから、カイエン様と美味しいものを食べて、馬車に揺られながら今日の出来事を取り出して頭の中でもう一度体験するのです。そんな日々が続いたら、とても楽しそうですわ」
ぐっと決意の眼差しになるとカイエンは言った。
「また必ず誘います。今度はケーキを食べましょう。イチゴがたくさん乗ったケーキです」
「いいわね」
なるほどそうか、今日はやけに口数が少ないと思ったら私が話し出すまで待っていてくれたのか。
なんだか少し優しさに触れた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます