第三章

Ep35. All began with

 レオナ暦一四一年。

 エンデランド史上初にして最大の地震によって、城壁都市サンレオーネは崩落。多くの人間を瓦礫の下に呑み込んで町は息を止めた。

 とくに石舞台地下の墓地では、南北不和から始まった戦の戦禍から逃れるべく避難していた多くの王族やサンレオーネ市民が、瓦礫につぶされた状態で発見さる。そのうちウォルケンシュタイン当主第三夫人は神殿前室にて、我らがレオナ二世は神殿内にてそれぞれ息絶うるところを発見された。

 発見したのは、レオナ二世を追ってサンレオーネ内に入ったアナトリア五代目地区長、蒼月あざみ。彼女は神殿内にて、供物用の箱に入ったふたりの赤子を救出。うちひとりはのちのレオナ三世として、もうひとりはウォルケンシュタイン家第一継承権者として扱われることになる。

 また、このとき神殿にて薊が受け取った黙示は、代々蒼月家のみが知る『秘匿黙示』として、数百年ものあいだ受け継がれてゆく。

 ────。

 さて、時はレオナ暦一四七年。

 齢六つとなったウォルケンシュタイン家第一継承者、フィンはたいそうわんぱくな少年に育っていた。規律と強靭さを重んじるウォルケンシュタイン家にとって、フィンのタフな性格は持て囃されたが、反面自由すぎる気質は疎まれた。

 第三夫人の子として、とくに第一夫人派閥からは邪険にされ、第二夫人派閥からは腫物扱いだった彼にとって、親友であるレオナ三世と遊ぶ時間がもっとも安らげる時間であった。

 レオナ三世──真名をクロエという──は、フィンとは対照的に物静かな少年だった。

 地震後よりサンレオーネは王家でさえ立入が禁じられ、生き残った王家の者たちはみなフランキスカのパルック広場付近に住まいを移した。クロエもまた、王家別邸で少年時代を過ごす。

 性格こそ対照的なふたりだが、ふしぎと馬が合ったようでよく遊んだ。

 おもな遊び場は王家別邸の庭であったが、時にはフィンがクロエを連れ出して、遅くまで各地区を探検することも。

「レオナ三世になにかあったらどうする」

「これ以上刻限を守れないならば、ともに遊ばせない」

 等々。

 フィンは多くの大人から叱りを受けた。

 しかしこのわんぱく小僧、幾度注意を促せど聞く耳を持たない。クロエもまた、フィンと遊ばせてくれないならレオナのお役目は務めない──とめずらしく駄々をこねた。

 大人たちは困った挙句、

「今後遠出の際は目付け役をつけること」

 という妥協案をつけた。

 案を挙げたのは当時のシャムール五代目地区長、ヴィンセント・F・クロムウェル。彼は発案者たる責任ゆえか、積極的に目付け役として活動するようになる。


 ──すべての始まりは、セント地区が冬を迎えた澄みわたる晴天の朝。


 いつものように、フランキスカから外に出たい、とわがままを言った子どもたち。ヴィンセントは自ら馬を引いて二人を市外へと連れ出した。彼らが望んだ場所は、サンレオーネ。

 地震から六年。

 名残による崩落が懸念され、しばらく城壁内いっさいの立入が禁じられていたこの古都も、一年前くらいから関係者にのみ解放されることが許された。レオナ三世が読み書きできるようになって、黙示の復活を望む声が多かったのが大きな理由であろう。

 ヴィンセント一行は馬車でサンレオーネへ。

 セントリオ門から南北に伸びる主軸の道、ヴィオラ通りを通って、石塀に囲まれた石舞台に向かう。フィンとクロエはあの石舞台前の草原で、花冠を作ることにハマっているらしかった。

「今日はヴィンス用の花かんむり作ってやる!」

 と、意気込むフィン。

 むっつりと表情の乏しいヴィンセントも、この時ばかりは好々爺のような笑みを浮かべた。

 気温は上々。

 冬にしては高い気温の下、花にまみれて戯れる子どもたち。あまりにのどかな光景にヴィンセントはついうたた寝をした。ほんの二、三分であったろう。しかし子どもたちの姿は草原のなかには見えず、石舞台の裏に回ってみてもどこにもいない。

 十分ほど辺りをさがしたころ。

 石舞台の裏側、『迷いの森』への入口。ヴィンセントはそこに草木をかき分けて踏み入った痕跡を見つけた。まだ新しい。おまけに足跡は明らかに子どものものである。この入口は、サンレオーネが都市機能を持っていたころより封鎖されていた。理由は、森をよく知らぬ者が立ち入ったらばたちまち迷って、外に出られなくなるから。

 しかし子どもたちはそんなこと知るまい。

 フィンとクロエは冒険に行ってしまったのだ──と察したヴィンセント。

 すぐさま森へ入り、進む。

 子どもの足だ。そう遠くへは行っていまいと手近なところを探していると、ケーンと鳴く獣の声を聞いた。

(よもや獣に喰い殺されてはいまいな)

 という不安を胸に周囲をさぐる。

 鳴き声の主か、一頭のネコ科動物が草むらから顔を出した。敵意はない。彼はヴィンセントを一瞥して、くるりと踵を返して歩き出す。藁にも縋る思いでそのあとを追う。

 ほどなく見えたのは石造りの地下階段──。

 獣はするりと階段を降りてゆく。あとを追う。一歩一歩と段を降りるたび、延々と闇のなかへ身を沈める感覚がする。屈強な肉体と精神力を誇るはずのヴィンセントも、肚の底がふるえるほど恐怖を感じた。

 階段を降りる足が速くなる。

 やがて駆け足になったころ、コロコロと鈴の音をころがすような話し声が聞こえてきた。

(子どもたち!)

 ヴィンセントは転げ落ちるように駆けおりる。光が見える。目の前がひらけた。

 目前に広がる光景に息を呑んだ。


 うつくしい。

 なんだここは?


 巨大な石造りの円柱が道を作るように両側六本、天井はアーチを描く。円柱ロードの先には筆舌尽くしがたい美麗なモチーフがふたつ──。

 その円柱のうち一本の下、ヴィンセントが探し求めていたふたつの影を発見する。

「クロエさま、フィン」

 声を張った。

 子どもたちがパッと顔をあげる。とっさにフィンが立ち上がってこちらに駆けてくる。クロエも遅れて立ち上がる。

 ヴィンセントは膝を落とし、腕を広げた。

 頭上から音がした。

 ハッと見上げる。フィンも足を止めて振り仰いだ。視線の先。円柱、が。

 ぼろりとこぼれてから落下するまで、世界がスローになった。フィンが駆け出す。円柱の足元にいたクロエがぼうっとした顔で見上げた。ヴィンセントが腕を伸ばす。

 フィンは叫んだ。


「デュ ハルタ!」


 一瞬。

 瓦礫が止まった。

 直後、クロエを抱き込んでゴロゴロ転がったフィンの横っ面を掠めるように、円柱の瓦礫が降り落ちる。円柱にはさらにヒビが入った。ヴィンセントは子どもたちに駆け寄ると小脇に抱え、一目散に階段を駆けのぼった。


 石階段の出口には、先ほどの獣が臥せていた。

 飛び出してきたヴィンセントに飛び上がっておどろいたが、小脇の子どもたちを見るや、ヒンヒンと鼻を鳴らしてすり寄る。

 さて、ヴィンセントは齢四十も間近である。

 果てしない昇り階段がキツかったようで、彼は乱れた髪もそのままに、子どもたちを地面に降ろすやどっかり尻もちをついた。

「はぁ、は……」

「ヴィンス。ご、ごめんなさい」

「まさか崩れるなんておもわなかったんだ!」

 クロエとフィンは、いまにも泣きそうな顔でヴィンセントの腕にしがみついた。勝手に冒険したから怒られる、とおもっているらしい。

 しかしヴィンセントはそれどころではなかった。

「フィン──さっきのはなんだ」

「…………」

「瓦礫を止めたろう。いや怒っているわけじゃない、クロエ様を守ってくれたのだから。じつに勇敢だったよ。それで、いつから」

「……わ、分かんない」

「ほんとうに?」

「ホントだよ。ホントに知らない!」

 嘘だ。

 と、瞬時に見抜いたヴィンセント。

 するどい視線をクロエに移して、その無事を確認する。ベージュの瞳が不安そうに揺れるもののたいした怪我はなさそうだ。ホッと肩の力を抜き、ヴィンセントは子どもたちをまとめて抱きしめた。

 無言の抱擁が温かかったからだろうか。

 クロエは次第にぐずりだし、つられてフィンもめそめそと鼻をすすりはじめた。

 だいじょうぶ、とふたりの頭をやさしく撫でる。

「怒らないから言ってごらんなさい。あの場所に行ったのも初めてじゃないね?」

「ごめんなさい……ごめんなさい」

「探検のつもりだったんだ。まだ、ヴィンスがいっしょに遊ぶようになる前だよ。ふたりでサンレオーネのなかを探検したとき、ぐうぜん見つけたんだ。……」

 と、フィンはしゃくりあげながら白状した。

 

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