Ep27. Hijack the view
エンデランド中央閣府の重要人物たちが、続々とサンレオーネを目指すなか、すでにサンレオーネ入りを果たしたフェリオ一行。聖域──神殿へ向かうべく、禁足地とされる石舞台の地下へと降りた。
地下空間は、かつてサンレオーネが都市であったころ使用されていた
かくいう現在およそ午前九時。
ところどころ休憩をはさみつつ、四つ目の行き止まりにぶち当たったところである。
「あーもうだめだ。ちょっと休もうぜ」
と、フェリオが幾度目かの休憩を所望し、大岩を背もたれに地べたへ座る。周囲を見回すロードも「そうですね」とうなずいた。
「この落石も当時の大地震が影響しているのかなぁ。逆にここまで道が残っているのも奇跡ですよ」
ほら奥に墓地区画が見えます、と。
ロードは大岩に顔を押しあてて、隙間から向こう側を覗く。
さて、地下へ降りてからは通常運転だった汐夏だが、ひと休みということで、何の気なしにこの大岩に触れたとき、ふたたび目の前の景色が変わった。
「! …………」
だいぶ慣れてきた。これは──過去の映像だ。
なぜなら、大岩がない。
向こう側にはいくつかの墓石が見える。ロードの言った通り、もともとは通り道だったらしい。直後、汐夏の背後から向こう側へと駆け抜ける影があった。
(あっ!)
汐夏がおもわず背筋を伸ばす。
向こう側へ駆ける影は、石舞台のところで見たふたりの女性だったからである。彼女らは駆ける足を止め、何言かを交わす。その腕には、上質な絹にくるまれた赤子がそれぞれ抱えられている。ひとりが右奥を指さした。ふたりの顔がわずかにあかるくなる。やがて、婦人たちはその方角へとふたたび駆け出した──。
パンッ。
破裂音によって、汐夏の意識はもどった。
眼前でロードが手を叩いた音だった。一瞬呆けた顔をしたものの、現状を把握する。
また視えたんですか、とロードが腰を屈めた。
うん、と汐夏が指をさす。
「さっきの女のヒトたち。アッチ行った」
「右奥ですか──それなら、ここに来る途中で素通りした横道まで戻りましょう。あそこを進んだら右奥の方へ行ける」
「ウン。……」
「また、なにか怖いもの見たのか」
フェリオが眉を下げた。
汐夏はううん、と首を振る。しかし彼はなおも心配そうに立ち上がり、汐夏の肩を抱いてやる。
「あんまりイヤなモンが見えたときは、おれかロードの名を叫ぶといい。すぐに意識を戻してやる」
「ウン……でもダイジョブ。女のヒトどっちも赤ちゃん抱っこしてた。かわいかったヨ」
「赤ちゃん?」
「地震の最中に赤ん坊を連れてこんな地下へ? 無謀なことをしますね。よほど聖域は安全と踏んでいたのか……」
言いながら、ロードはすこし来た道をもどる。
背後ではあまり遠くへ行くなよ、とフェリオの声が飛ぶ。無論、はぐれるほど遠くへ行くつもりはなかった。
ただ、これからの進路を確認しようとおもっただけで──。
「ウッ!」
不意に、ロードがうつむき顔を抑えた。
ザワザワザワ。
ザワザワザワ。
胸のざわめきとともに、視界にノイズが走る。
直後、
『ウワーーーーッ』
という叫びとともに、白黒の世界がひろがった。ロードは硬直している。一歩だって足を動かしてはいないのに、視界は風のごとく飛び去った。まるで一心不乱に走っているかのよう。
なんだこれは?
と、胸にわき上がる恐怖感とともに、ロードがおもわず膝をついたときだった。その視界にうずくまる人影を見た。
荒い息遣いとともにどんどん近づき、人影はくっきりと形を成してくる。黒い外套、肩までの黒髪、見慣れた横顔。これは──。
「なっ」
ロードがあわてて右うしろを見た。
遅い。それは目前に迫っている。ドクン、と心臓が跳ねる。金属音が響き渡る。
と同時に、脳天に激痛が走った。
世界は色をとり戻し、足元でなにかがぐしゃりと潰れる音を聞く。あまりの痛みにふたたびロードがうずくまると、ポンッと肩を叩かれた。双錘を肩に担ぐ汐夏であった。
激痛は一瞬で、いまはなんともない。
いったいなにが──と足元を見てぎょっとした。プレートアーマーを身につけた男がひとり、臥せっている。どうやら気を失なっているらしい。
アーマーに施された紋章に見覚えがある。
これは、近衛師団の鎧だ。
「近衛師団兵……」
「音がして、こっち来たらビックリ。ロードうずくまってて、コイツ剣振り回してこっち来たヨ。あとすこしで斬られるとこネ」
と、汐夏が遠くを指さした。
近衛師団兵が持っていたものだろう、サーベルがころがっている。先ほど聞こえた金属音は、汐夏が剣をすっ飛ばしたものだったらしい。それから彼女の手持ち武器である双錘で、この兵の脳天をかち割ったのだろう。
可哀想に、頭を守るヘッドアーマーは吹っ飛ばされて、目を回している。戦闘民族の汐夏が思いきりぶん殴ったのだ。無理もない。
すこし遅れて、フェリオがのっそりやってきた。彼は彼で、すっとんきょうな声をあげた。とつぜん汐夏が駆け出したのでおどろいて来てみれば、この惨状。いろいろと予想外の展開がすぎる。
ロード、とフェリオが手を差し出した。
「大丈夫か」
「え、ええ──問題ありません」
差し出された手をとって立ち上がる。
ちいさく深呼吸したのち、汐夏に向き直った。
「シーシャ、助かりました。ありがとう」
「お互いさまネ。で、どした?」
「いや……これは。その、なんと言ったらいいのか。──」
ロードは視線をさ迷わせ、やがて足元の近衛師団兵を見た。
「そうだ。それより彼、いったいどうしたんでしょう。神殿につづく横道から来たんです。一心不乱に走って、恐怖しているようでしたが」
「恐怖?」
「あ、いや。おそらく」
「…………」
フェリオは首をかしげる。
が、すぐにうなずいて師団兵のそばにしゃがんだ。
「にしても、どうして近衛師団がここに。おれたちより先に神殿へ行ってたのかな」
「私たちもずいぶん迷いましたからねェ。この迷路ですし、抜かされた可能性はあります。そもそもあのときに言ってましたしね。『レオナ様についてはこちらも別途捜索させてもらう』と」
「ああ」
「私たちが気づいていないだけで、サンレオーネ──いや、この深道にはすでに近衛師団がわんさかうろついているかも……」
と、言いかけたロードはふたたび額を抑えた。
チラチラと視界が揺らぎ、やがて世界がモノクロに変わる。それと同時に聞こえてきたのは、聞き覚えのないだれかの声だった。
──……から、オレは待ちくたびれた。
──とかくアレは殺さず生け捕りにして連れてこい。
──地区兵団の番犬がついていやがるが、ガキが二匹だ。
──そっちは好きにしてかまわない。
──いいな。これは、サンレオーネの命令だ。
モノクロの世界。
ヘッドアーマーの隙間から覗き見るような限定された視界のなかで、声の主がちらりと見えた。
薄い上裸に長く伸びた手足。
肩口に刻まれたタトゥー。
肩まで伸びた明るい髪。
長い前髪の奥に光る双眸。
その瞳に映るは──。
「!」
瞬間。
複数の足音が聞こえた。
足音に混じって、プレートアーマーが立てる金属音も聞こえる。音はどこからともなく近づいてくる。
(いや)
ロードには視えている。
ぞろぞろと武器を構えた一団が、こちらに向かっている。分かる。声も聞こえる。
──……様。
──……オン様。
──シオン様の仰せのままに。
つぶやく者のなかには、プレートアーマーを着込む人間もいる。
(シオン様?)
モノクロ世界に映る三つの人影。
ロードはパン、とおのれの頬をたたき、ショルダーホルスターから銃を引き抜いた。
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