第17話 救い

 僕は安薬堂あんやくどうの庭で、

 僥儀ぎょうぎさんと遊んでいた。


三咲みさきさま」


 陸依りくい先生が店から戻り縁側から呼ぶ。


僥儀ぎょうぎさん、遊んでてね」 


 僕がそういうと、

 僥儀ぎょうぎさんはうんといって一人で遊びだした。


「......でどうでした」


「ええ、どうやら本当のようですね」


「やはり、殺されたのですか」


 僕が帰って二日後、

 元信徒によって陀円だえんは殺されていた。


「寄付をして破産し一家離散、

 それで騙されていたと感じた元信徒が怒りに任せて、

 陀円だえんを刺殺したようです......」


「......そうですか」


「浮かない顔ですね。これで教団はなくなるのではないですか」


「かもしれませんが......」


 陀円だえんの話を先生に話した。


「......それを聞くと、どうやら陀円だえんは必ずしも、

 金や権力がほしかったわけではなかったようですね」


 先生が縁側でお茶を飲みながら言った。


「おそらく......復讐のようなものだったのかと、

 妹さんの死で希望を失くし、周りを憎むことで生きてきた......」


「わかるような気がします......

 私も生きる気力を失くしたとき、

 そのような気持ちだったのかもしれない......

 だが、私には僥儀ぎょうぎや、

 鳴那めいながいてくれたから......」


 そういって先生は、

 哀しそうな目で遊んでいる僥儀ぎょうぎさんをみている。  


「こういう悲しさや苦しさを無くすには、

 どうすればいいのだろう......

 真人しんじんになれた仙人ならば可能なのだろうか......」


「......私の師匠、蓮曜れんようさまの師であった仙人さまは、

『仙人とて心はあり、ごうから逃れるのは困難だ。

 そして例え逃れたとしても、

 そうなったそれはもはや何者でもない』

 と言ったのだ、と蓮曜れんようさまは、

 そう言っておられました」


「仙人とて、ごうより逃れられない......か......」


三咲みさきさま。私はあなたに助けられました。

 そのこと、心から感謝しております。

 何が起ころうとも、あなたはあなたの道を行かれますよう」  


 そういって先生は席を立つと、

 僥儀ぎょうぎさんの元に歩いていった。


(僕の道か......)


 次の日、亜遜あそんさんの村に行ってみた。

 村の人も大勢外にでている。何やら笑顔だ。

 亜遜あそんさんは布団で寝ていた女性と、

 外で話をしていた。


「ああ、三咲みさきさま!」


 こちらをみて近づく。

 

三咲みさきさまのお陰で妻もこの通り元気になりました。

 村のものも治りました。なんとお礼をいってよいやら」

 

「ありがとうこざいました」 


 亜遜あそんさんは夫婦で礼をいう。

 

「いえ、かまいません。皆が治ったなら、それで十分です」


「ありがとうございます......

 あと、あの......下天教げてんきょう


 亜遜あそんさんは言いづらそうだった。


下天教げてんきょうのことは気にしていたが、

 もう教祖がなくなれば)


「......実はあのあと、

 私どもとこの村の者は下天教げてんきょう

 に、入信したのです」


「えっ!?ですが教祖は亡くなったのですよ!」


「ええ...... 聞いています。

 ですが、上級信徒から新たな教祖を選ぶようです......

 少数は脱会したようですが、

 他の村も同じ様に信徒を続けるようです。

 来世ぐらい希望を持ちたいからと......」


 そう虚ろな目をして礼をいうと、

 亜遜あそんさん夫婦は去っていった。

 他の村人たちも同様に何か空虚な顔をしている。


(もう彼らは、意味がないとわかっていても、

 仮初めの救いにすがるしかないんだろう。

 もはや僕が何を言っても無駄だ......

 力があろうが、仙人だからだろうが......)

 

 僕は無力感にさいなまれながら村を離れた。

 

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