講堂にて
夕刻、こっそりと屋敷に戻った美心の部屋に比奈乃がやって来る。
「お婆ちゃん、今日ねままごとの用意出来なかったの」
「ゲェ――ップ! ちと食い過ぎたな。
「パパ? あっ、今夜帰ってくるんだよね。お土産何かなぁ」
着物を脱ぎ捨てパンツ一丁で比奈乃と会話をする美心。
身体は女性になっても心が厨二病おじさんなのは転生後からもずっと変わっていない。
男らしくあれ女らしくあれというのが当たり前の明治の世である中、美心にとって演技をせずに接することができるのは息子と比奈乃の前だけだった。
「そうだったな。んじゃ、それまで俺と遊んでいような」
「やった――! そろそろ巴ちゃんと静ちゃんも来るんだ」
美心は椅子に腰掛けようとした時、机上に置いていたシリウスからの手紙が視界に入る。
(あっ……すっかり忘れていた。比奈乃も帰ってきたし、ちと聞いてみるか)
「なぁ、比奈乃。スターズのみんなと大事な話があるんだが今の俺ってこの姿だろ。だからさ……その」
比奈乃は上手く説明できない美心を前に瞬時に悟った。
(シリウスたちと大事な話? ははぁん……お婆ちゃん、またあたしを驚かそうと内緒にして壮大なごっこ遊びを考えているのね? 昨日のお婆ちゃんのドッキリはエキストラの迫力がありすぎたからちょっと怖かったんだよね。あたしは淑女だからお婆ちゃんからのサプライズを無下にはしないけれど、何をするのかは気になるなぁ。それにスターズの皆に姿を見せずに話す方法か……あっ、良い方法思い付いた!)
毎度ながら斜め上に読み取ってしまう。
そして美心に提案をしてみる。
「お婆ちゃん、講堂にスターズみんなを集めるんだよね? 先に行って準備しておいてあげる。お婆ちゃんは病人ってことになっているし後で車いすを持ってきてあげるから待ってて!」
そう言って比奈乃は美心の部屋を出ていった。
「比奈乃……なんて良い子なんだ! 俺が全部言わなくても理解してくれる。お婆ちゃんは嬉しいぞ!」
そして待つこと2時間。
巴と静もやって来て比奈乃と一緒に講堂で何かを準備している。
この間のことを美心は知らない。
比奈乃が迎えに来ると言った言葉を信じ、パンツ一丁でベッドで横になり爆睡していたのだ。
「お婆ちゃーん、準備できたよ。ほらほら車いすに乗って」
比奈乃と一緒に巴と静も部屋に入る。
「お邪魔しま……へっ、わぁぁぁ! お義母様、なんて格好を!」
「お義母様、さすがやで。女であろうとまるで気にしていない……なんて器の拾いお方なんや!」
「おう、服を着るからちと待っとけ」
巴と静は若い姿の美心を昨晩見てしまった。
そして、この世の者でないほどの美しさに惹かれ美心の虜となっている。
その状態で美心の口から「4人だけの秘密だぞ」と耳元で囁かれ決して口外しないことを誓った。
秘密の共有、いわゆるクロージング効果で美心への忠誠心はより強固になったことを美心は知らない。
「お婆ちゃん、スターズのみんなは寄宿舎でボディースーツに着替えを済ませたら集まるように伝えておいたの。ほら、早く車いすに」
比奈乃が持ってきたのは何とも豪華な装飾が施された玉座風車いすだった。
(えぇぇ、これに乗るの? こんな派手な装飾があっちゃ余計に目立つのでは?)
比奈乃は普通の車いすでは美心に失礼だと思い装飾を施す業者を雇い大至急で改造させた。
そのお値段3487万、美心払いとなっていることに本人が知る由もない。
「あと、この帽子も被って……よし、行くよぉ」
比奈乃に押されて美心が乗った車いすが動き出す。
途中で社員の何名かと会いはしたが比奈乃に挨拶するばかりで椅子に座っている美心のことには気が付かないようだった。
(なるほど、この豪華な装飾と比奈乃にばかり目が行き俺のことは視界に入らないということか。考えたな比奈乃! さすが俺の孫だ)
全く違っていた。
つばの広いレディースハットを被り俯いていたため出会う人から見て誰なのか分からないだけであった。
巴と静は美心の両脇に並んで歩き講堂へ進んでいく。
「まだ誰も来ていないね。でも、良かった」
「ヒナちゃん、灯りは?」
「まだ点けなくていいよ」
ステージ周りが謁見の間のように改造されている。
(なんだこりゃ、まさか2時間でこれを作ったのか? ただ、シリウスたちと話したいだけなのに……)
「お婆ちゃんはここね。うん、良い感じ」
いかにも異世界転生モノにあるような王が座す謁見の間そのものだった。
ただ違うことと言えば玉座の左右と前に足元まで届くブラインドが天井から釣り張られていることだ。
そして背後には大きな陰陽式スポットライト。
比奈乃が美心の前に来て喜ぶ。
「おー、お婆ちゃんの姿がよく見えない。凄い凄い!」
「背後の灯りはいつ付けるんや?」
「スターズのみんなが揃ってからだよ」
謁見の間で対面する者からは美心の全身がシルエットしか見えないブラインド、帝や中国の皇帝と対面するような空間が完成した。
そして、この光景に美心もやっと気付く。
(ほぉ、なるほど……比奈乃のごっこ遊びだな。俺を帝と見立てて自分は何役に徹するのか……おそらく、勇者ごっこなのだろう。本来ならば、俺が勇者をしたいところだが、比奈乃が望むのなら仕方がない。それにこれならば相手から俺の姿が見えない。シリウスたちと会話をするのも十分だ)
そして暫く待つとスターズ隊員が講堂へ集まってくる。
講堂に来るや比奈乃とその友人の姿が有り感極まる者たち。
「う、うわぁぁぁ。良かった、良かったですぅ比奈乃様ぁぁぁ」
「うっうっうっ……」
スターズの隊員はみんな、比奈乃が男子学生とその一派に攫われたと思っている。
そして今日の昼過ぎ、詳細は何も知らされず帰還命令が出たため渋々戻ってきただけに過ぎなかった。
全員が揃うやいなや講堂は静寂に包まれる。
「こ、コホン。比奈乃様、おまたせいたしました。スターズ総勢512名、此処に」
シリウスが発した言葉を皮切りに比奈乃が話し始める。
「みんな、昨晩はごっこ遊びに付き合ってくれたようね。ありがとう。でも、徹夜してまでずっと遊んでいたのは良くないわ。これからは気をつけるように」
「えっ、ご……っこ遊びですって!?」
ドヨドヨドヨ
周囲がどよめく。
「騒々しい、静かにせよ!」
美心はここぞとばかりに自分の言いたかった異世界転生モノのセリフを放つ。
「も、申し訳ございません、マスター! みんな、静かにして!」
「マスター、ごっこ遊びというのは本当のことなのでしょうか? なら、我らを初任務と偽り出動させたのか理由をお聞かせ下さい」
「リゲル、貴女はなんて無礼なことを聞くの! 比奈乃様が先程仰ったことを疑うとでも言うつもり!?」
「こほん……何も知らせていなかった私の失策だ。許しておくれ」
美心の意外な言葉にスターズ隊員は何も言えなかった。
何名かは虚言誘拐だと知って胸を撫で下ろすが、当然ながら誤解釈をしてしまう者もいた。
その中の1人がシリウスである。
(誘拐がごっこ遊びだと言うのならマスター自身の大怪我はどういうこと? それも嘘? でも、それならわざわざ姿を隠さなくても……)
「ま、マスター……どうしてお姿を隠しておられるのですか?」
「レグルス、それは私から話したでしょう。マスターは比奈乃様を探す最中に怪我を」
シリウスの言葉に美心が反応する。
(俺が怪我? ……あぁ、シリウスたちはそう思っているのか? ま、当面は顔を合わせられないし、そういうことにしておこう)
この美心の判断が再び大きな誤解を生むことを誰も知らない。
「昨晩、暗闇の山道で転倒してしまってな。いやはや、年は取るものでは無いな」
その言葉にシリウスは再び誤解釈を倍増させる。
(やはり私の予想は当たっていた。マスターの怪我は本当だった。待って……マスターだってごっこ遊びだと知っているのなら、わざわざ危険な夜の山に入らないはず。だったら、もしかして……いいえ、それならすべて辻褄が合う! ごっこ遊びだったというのは跡付け。本当に比奈乃様は攫われたんだわ。マスターは大きな傷をその身に受けながらも必死に比奈乃様とご友人を連れて屋敷に返ってきた。私達に連絡を入れることができないほど衰弱していたのね……くっうぅぅ!)
真実に近付きながらもあと一歩考えが至らないシリウスであった。
感涙で身体を僅かに震わせているシリウスを横目で見ていたプロキオンは、シリウスが瞳に涙を浮かべているのを見てその思いを受け取る。
ここに隊員内での誤解釈の伝播が始まったのだ!
(ほとんど泣いたことの無いシリウスが涙を……はっ!? マスターは傷を見せて拙者等に余計な心配を与えないためにとお姿をお見せしていないということでござるか! な、なんて……なんて慈悲深いお方でござろう! マスター、いやお義母様! 拙者等が昨晩お義母様のお身体を重視さえできていれば!)
そんなスターズたちの想いを露知らず比奈乃はすでにごっこ遊びが始まっているものだと警戒している。
いつ祖母がドッキリを仕掛けてくるか内心ハラハラさせつつも美心とスターズとの会話内容でどのような設定なのか考察していた。
(なるほど、お婆ちゃん自身は怪我で動けない王の設定なのね? だとしたら、あたしはお婆ちゃんの代わりに……国を統治する執政官? 執政官ってどんなことをするのか分からないなぁ。お婆ちゃんもそんな難しい要求はしてこないだろうし……)
美心も同様に比奈乃がいつごっこ遊びを始めてくるのか見守っていた。
当初の目的であったシリウスたちと顔を合わせずに話が出来たことは達成しているためである。
(部屋からここまでお婆ちゃんは何も口出しをしなかったから設定通りなのだろう。この舞台を建てたのはあたしだけどお婆ちゃんは驚きもしなかったし……王の役でも問題は無いのだと思う。つまり、あたしにさせたい役はシリウスたちスターズを従え巨大な悪に立ち向かうこと? そうだ、これならあたしにも出来る! エキストラはどれくらい雇っているのだろう? スターズの皆まで使うってことはまさか関ヶ原の戦いみたいに広大な決戦場が用意されている!? す、凄い……凄いわ! 何か物凄く興奮してきた!)
勝手に妄想を膨らませつつ独走していく比奈乃。
そして美心の設定がどんなものなのか予想をし尽くしある結論に至る。
(あたしは王の代わりに先頭に立って戦う勇者なのね。巴ちゃんと静ちゃんはその仲間で、スターズの皆は足軽の役なんだわ!)
何故かスターズの扱いだけ雑だった。
そして、比奈乃の次の言葉がその後の美心とスターズの運命を変えたのである。
「王よ、そろそろ例のご拝命を……」
(えっ……王? 帝じゃないのか。まぁ、王も帝も似たようなモノだし別に良いけれど、ご拝命って言われてもなぁ。比奈乃の求めているものは勇者ごっこなのだろう。比奈乃の設定はどんな内容なんだ?)
「ご拝命ですって?」
「マスターは次の任務を私たちに?」
ざわざわざわざわ
(初任務の汚名返上の機会を与えてくれるとでも言うのら?)
(次こそマスターのご希望に答えてみせるッス!)
比奈乃の言葉にスターズ隊員は動揺し再び講堂内がざわめいていく。
「騒々しい、静かにせよ!」
(んほぉ、このセリフ何度言っても気持ちええ~。おっと、早く比奈乃の返事に応えなければ)
講堂内は静かになり美心の言葉に皆が注目する。
「この世の命はすべて尊い、そして宝石のように美しい。その中でも私にとって最も美しく尊いのはお前たちだ」
「ま、マスター! 私たちのことをそこまで愛して……」
「うわぁぁぁん! 嬉しいです――マスタァァァ!」
「マスター、一生付いて行きます!」
スターズ全員の涙腺が崩壊し、美心の極上の甘い言葉に耐えきれず泣き崩れる者が続出する。
徹夜でほぼ丸一日眠っていないこともあり、理性が働かず感情が勝ってしまっていたためである。
美心は続いて言葉を続ける。
「だが、皆も知っているだろう。悪党が世に蔓延っているその事実も。私はこの世界に生まれ落ちたその日から深淵を探っていた。そして、遂にその悪意を蔓延らせる相手を探し当てることに成功した」
(悪意をばら撒く相手? お婆ちゃん、敵役のエキストラに悪魔の格好でもさせているとでも言うの? 戦う相手が悪魔って……す、凄い。まるで異世界モノみたい!)
比奈乃も美心の影響で図書館に置いている異世界モノのラノベはほぼ読み尽くした猛者である。
もちろん、明治の世にラノベなど存在しないが異世界の明治には存在した。
美心が転生前の記憶を元に有名な文学者に書かせた小説が大人気となったのだ。
例を上げると冬目漱石の『吾輩は剣である』や島崎闘争の『破戒しますが何か』、森鴎内の『舞HIME』などが発行部数5000万部を突破する大人気作品であった。
「だが、皆も知っていよう。私はもう長くない……」
スターズ隊員はごっこ遊びだという知らせを受けていない状態である。
そこに美心の完全に役にのめり込んだ会話を聞いて絶望する。
(ま……マスターがもう長くない? えっ、まさか昨晩の怪我がそこまで!?)
(マスターが死ぬ? なんてことだ、僕たちの初任務でマスターを死に追いやることになるなんて!)
「うっうっうっ……マスター」
何名かの隊員は悲しさのあまり涙を堪えることが出来ず泣き始めてしまう。
そんなことはいざ知らず美心は話を続ける。
「皆には私の後を継いで悪意の根源を断ち切ってほしい。この世の尊い命を守るために立ち上がってくれ。比奈乃よ……後は頼ん……ゴハァ!」
バシャ!
美心が大量の血を口から吐き出す。
もちろん陰陽術を使った演技である。
だが、シルエットしか見えない隊員たちはそれを真実だと受け取ってしまう。
「マスター!」
「うわぁぁ、マスタァァァ!」
「すぐにマスターを医務室へ!」
シリウスのかけた言葉に比奈乃が戸惑う。
(まずい、ブラインドを剥がされるとお婆ちゃんの若い姿を見られてしまう。ここはみんなを落ち着かせるのが先決ね)
「みんな、慌てないで! 今は座って! あたしが診るから」
「比奈乃様……」
「くっ、お願い……します!」
「皆、マスターが倒れた今、比奈乃様が私達の主人よ!」
比奈乃が美心の近くに行き、小さい声で話しかける。
「お婆ちゃん、さっすがぁ。でも、これじゃお婆ちゃんの出番はもう無いの?」
「任せろ、考えてある。取り敢えず、まだ生きていることにしておいてくれ」
「うん、分かった」
美心から離れスターズ隊員たちの前に立つ比奈乃。
両隣には静と巴も立たせている。
「みんな、安心して。マスターは眠っただけよ」
「よ、良かったぁ」
「あれほどの吐血をして生きているなんて、さすがはマスターだ!」
「よ、良かったよぉぉぉ!」
「うわぁぁぁん!」
続いて比奈乃が会話を続ける。
「そして、皆に伝えることがあるの。あたしと友人の2人はマスター直属のゾディアック。コードネームはあたしがアリエス、静がタウラス、巴がジェミニ! これから活動時にはそう名乗ること、良いわね?」
その設定を聞いていた美心は心震わせた。
(えええっ、何その設定! 黄道12星座を持ってくるなんて格好良すぎだぞ! 畜生、俺もアクエリアスとかコードネーム持って一緒に混ざりてぇ)
「さらにスターズというダサい組織名も改名するわ! 新たな組織名は星々の
どよっ!
スターズ隊員が動揺を隠せず再び騒然とする。
「星々の
「悪魔を滅するデモンハンターの集団ってところか……ふふっ、初任務の次がこんな大層な大物狩りとはねぇ。燃えてきたー!」
「悪魔が相手……わち等に倒せるのかなぁ?」
「ひなちゃん、何やの……これ?」
「えっえっえええっ!? タウラスって何だ、聞いていないぞ?」
「アリエス様、ご拝命承りました! 我らシリウス含め512名、マスターとゾディアックに忠誠を誓い任務を遂行致します!」
「致します!」
ここに美心を中心とした新たな組織が生まれる。
ある者達は遊戯で、ある者達は真実と疑わず、またある者は友人の誘いに乗って、危険な秘密結社が誕生した瞬間である。
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