第1部 テンプレ勇者にあこがれて

神選組編

忍者ごっこ

 美心が60歳を迎え数ヶ月経ったある日。


「お義母様、それじゃ比奈乃のことお願いしますね。比奈乃もお婆様の言うことをしっかりと聞くのよ」


「はーい!」


「おぅ、夫婦2人で楽しんでいけや」


 美心には可愛い孫ができていた。

 春夏秋冬比奈乃(ひととせひなの)8歳、美心にとっては今最も愛おしい存在だ。

 比奈乃の両親が久しぶりに夫婦水入らずで旅行に行くとのことで3日ほど預かることになった。


 異世界の日本は美心が転生前の日本より平和だった。

 転生した当時は魔法と思っていたものはどうやら違い、この世界には魔法という概念は無く現実と近い。

 だが唯一、地球と異なるのは日本人にしか扱えない陰陽術という奇怪な能力で世界一の技術力を誇っていたことである。

 技術力以外は軍事面でも陰陽術により独自の発展を続けてきたおかげで古の時代から世界最強の国家として君臨し続けている。

 美心が誕生したのは嘉永3年、史実通りならば幕末に近く倒幕運動の兆しがくすぶり始めている時代である。

 しかし、外国の脅威に恐れる必要はなく、この世界では江戸幕府が未だに健在であった。


 明治後期、海外では帝国主義を掲げ欧州が植民地を拡大している中、日本は鎖国を続け海外の情勢を常に静観し続けていた。

 眠る龍の逆鱗にふれてはならない……海外では日本は畏怖すべき存在であった。

 そのため欧州は日本の動向に臆しながらも植民地を拡大する日々。

 日本のご機嫌を常に伺いながら植民地を広げていく情けない帝国主義がこの世界での近代史であった。

 

「お婆ちゃん、今日もねおままごとしたいから色々持ってきたの」


 比奈乃は美心とするごっこ遊びが大好きだ。

 幼い頃はごく普通のごっこ遊びだったのだが、厨二病を拗らせている美心と一緒に遊ぶうちに内容も段々と過激化していく。

 ある日はトレーナーとウ◯娘に扮しレースごっこ、ある日は平◯とコ◯ンによる殺人現場推理ごっこ、またある日は東方◯敗とド◯ンの師弟バトルごっこといった具合にだ。

 設定や舞台はすべて比奈乃が用意する。

 美心は幼い頃からありとあらゆる漫画や小説の内容を絵本を読んであげるかの如く比奈乃に話し聞かせていた。

 その影響で比奈乃にはそれらが現実の出来事であるという無自覚型厨二病を拗らせる。

 ウ◯娘やコ◯ンが何なのかは比奈乃も詳しくは分かっていない。

 ただ自分の考えた設定でのおままごとに何の違和感も持たず付き合ってくれる偉大な存在として比奈乃の目には美心の姿が写っていた。

 

「この前、お母様に忍者が出るお話を読んでもらったんだぁ。それでねそれでね今日は忍者ごっこがしたくて色々準備してきたの。信濃条、あれを……」


「かしこまりました」


 ゴトッ


 手裏剣や短刀、鉤縄に水蜘蛛など忍びの者が使う道具を執事が持ってくる。

 もちろん玩具ではなく全て本物だ。

 本来なら刃物など危険だと言って注意して言い聞かすのが当然のことだろう。

 だが美心は比奈乃には甘く、言う事やることすべて許した。


「ほう、忍びか……それは面白そうだ」


「美心様、この後出席予定の会合が……」


「お婆ちゃん、今からお仕事なの?」


 美心は異世界転生モノでテンプレの転生前の記憶からこの世界には無いものを生み出して商売をすることに大成功し、今では春夏秋冬財閥の総帥となり経済界では頂点に君臨していた。

 息子に社長の座を譲ってから早5年、今では孫の比奈乃にさえ簡単に口を出せる者はいなかった。


「いいや、大丈夫だよ。その会合は欠席する。適当な理由をつけて連絡しておけ」


「し、しかし……か、かしこまりました」


 ちなみに会合の相手は松前藩の大名、欠席するにはあまりにも失礼な相手である。

 だが美心のドタキャンは日常茶飯事で誰もそれを咎めることはなかった。

 いや、総帥ともなれば口を出せる者は日本にはどこにもいないのだ。

 大名や幕府でさえ美心に対し迂闊なことはできないほど政界にも力が及んでいるためである。

 

「お婆ちゃんが頭領で、あたしは指示に従う忍者の役ね」


「よし、それじゃ早速やろう。今日のセットはどこに作らせたんだい?」


「京都市内の太秦周辺をまるごと買い上げたの」


「ほう、それはまた本格的だな」


「うん、今日も楽しそう!」


 美心は比奈乃に嫌われないようにするために全力で孫のごっこ遊びに取り組んでいる。

 単純に子どもの相手をするのとは違い、よりリアルになるよう常に本気を出してみせた。


(忍者といえば見張りに気付かれないように忍び込み重要なものを盗んだり、ターゲットを暗殺したりするものだよな? 俺が頭領の役ということは比奈乃に命令を出すだけで良いのか? 暗殺も楽しそうだが重要書類を誰にも見られずに回収ってのも楽しそうだ)


 ごっこ遊びでも極限までリアリティを追求する自らのこだわりや比奈乃の最大級の笑みが見たい一心でその辺りの倫理観は完全に麻痺していた。

 60年経っても美心がクレイジーであるのは変わっていない。

 そして比奈乃が建てさせた忍者屋敷風の場所でごっこ遊びを始める。


「下級忍ヒナよ、そなたに最終試験の任務じゃ。勘定奉行の松定綱吉の横領が発覚しての……しかも、アヘリカと裏で繋がっているというおまけ付きじゃ。今夜、沼田屋でアヘリカの学者と密会をし幕府の極秘情報を売るようでな、奴は許されぬほどの金欲により大罪人と我ら隠密衆は認識した。だが、決定打となる証拠を奴は絶対に手放さぬ。何としてもその証拠を回収することを試験の最終目的とする!」


「はっ、その者の顔や特徴、それと証拠というのは……」


「顔はこれじゃ、証拠の詳細は分からぬが常に身に付けている。決して気付かれてはならぬ。誰かに発見されてしまった時点で試験終了じゃ、良いな」


「はっ!」


 比奈乃は純粋そのものだった。

 ノリノリで忍者のコスプレをしたまま、誰でも忍者気分が味わえるアスレチックを軽くこなしていき料亭へ向かう比奈乃。

 もちろん勘定奉行の横領や売国奴というのは比奈乃が考えた適当な設定である。

 そのような者が居れば、すでに町奉行の岡っ引きによって逮捕され打ち首獄門に晒されていてもおかしくはない。

 後で調べると松定綱吉という者は単なる春夏秋冬財閥の一社員であった。

 その者にエキストラとして出演してもらいカツラを被し高級旅亭の一室で過ごすよう命令しただけである。

 周囲には別のエキストラとして雇った見張りを数十名ほど配置し厳重な警備は万全だ。

 そう、無駄に金のかかった茶番劇が今始まったのである。

 

(さてと比奈乃がどう動くか俺は式神ドローンで様子見でもしよう……むむぅ、これは流石に難しすぎやしないか?)

 

 式神ドローン、美心が陰陽術と現代科学を融合させ開発したものだ。

 カメラで上空から比奈乃が忍び込む料亭を見る。


(おっと今の着地は危なかったな。比奈乃ももう少し運動神経が良ければもっとエクセレントな遊びができるのに……はぁ)


 美心の脳内にはいつか比奈乃と遊んでみたいごっこ遊びが大量に保管されている。

 しかし、そのどれもが高難易度。

 美心並みのチート能力で無ければクリアできないものだった。

 かといって比奈乃も学校では常に成績1位を取り続けるほどの優秀者だ。


「ジ……ジジ……こちら、ヒナ。頭領、ターゲットを発見」


 小型通信式神で連絡を取ってくる比奈乃。

 もちろんドローンで見られていることには気付いていない。

 

(会食で対面する2人の男、片方はアヘリカ人のエキストラか……あの顔は何処かで見たような? そうだ、確か企業スパイの容疑がかけられているマイケルとかいう奴だったはずだ)


「ターゲットが肌見放さず身に着けているものはあるか?」


「こちらからは確認できませんが小さなカバンを座席横に置いています」


「それは肌見放さずとは言わんだろう。おっと、誰かやってくるぞ」


 天井から覗き込む忍者らしい展開。

 自分も頭領役などでなく現場に行きたい気持ちを堪えて比奈乃に指示を続ける。


「あっ、ターゲットがアヘリカ人に何かを手渡しました。あれは……札! 式神札です!」


「企業スパイ確定じゃな。式神札には無数の情報を保管できる。アヘリカ人では解呪できぬが海外にいる日本人に任せれば時間がかかろうとも解呪できてしまう。アヘリカ人から式神札を回収するのじゃ!」


 いつの間にか試験という設定も忘れ比奈乃に指示する美心。

 式神札は厳重に扱わなければならないものである。

 財閥の平社員が簡単に持ち出せるものでは無い。

 ましてや、それを社員以外の他人に渡すのは言語道断である。

 

(凄いぜ、まさか本物の企業スパイとその協力者の犯行現場を押さえるなんて! 比奈乃のやることはいつも常軌を逸しているから俺も楽しめる!)


 もちろん、倫理観などそこら辺に捨ててきた美心に取ってはこれは面白い展開でしかなかった。


「了解! 会食が終わるまでに2人を始末します!」


(えっ? 始末!? どんな忍術で大人2人を……これは見ものだな)


 ポタッ


 天井から運ばれてくる料理に何かを垂らす比奈乃。

 誰もそれに気付かず松定とマイケルが料理を口に入れる。


(おいおい、今の液体って……)


 美心にはすぐに理解できた。

 それが睡眠薬だと。

 

(なるほど、それで2人が眠りに落ちたところを暗殺って寸法か。だが、比奈乃それには大きな弱点があることを理解しているか?)


 睡眠薬は人によって効果はまちまちだ。

 すぐに眠れる者もいれば眠気が来るまで時間のかかる者もいる。


(会食も最後のデザートを残すだけ、その後のことは当の本人2人にしか分からない)


「ふぅ、とても良い商談でしたな」


「いやいや、今後ともよしなに……ぐあっ!」


「なっ、どうし……ぐへぇ!」


 ドサッドサッ


 突如倒れる2人に美心は開いた口が閉じなかった。

 とても普通の睡眠薬とは思えない倒れ方ですぐに美心は悟った。


(ま、まさか……この前買収した製薬会社で開発中の誰でも瞬時で眠れる睡眠薬が完成したとでも言うのか!? ままごとと同時に薬の治験も済ますとは……なんて出来た孫なんだ!)


 美心は比奈乃の思いを汲み取り深く感動した。


「これから札を回収次第、帰還します」


 数分後……


「お婆ちゃん、ただいまー!」


「今日も楽しかったか? ありがとな、薬の治験も済ませてくれるなんて……」


「うん、最新の青酸カリを使って口封じしたの最高だった!」


「……ふぁっ!?」


(青酸カリ……だとっ!? えっ、超強力な睡眠薬じゃなかった? えええっ、本当に殺したの!?)


「忍者らしくできた、お婆ちゃん?」


 キュゥゥゥン


 最高に明るい笑顔を見せてくれる比奈乃に美心は心が動かされた。


「素晴らしい……素晴らしいぞ! ああ、確実に奪うためには相手を殺すのが最も有効だな、はっはっはっは!」


 倫理観どころか道徳観さえ、この2人には無かった。

 本日のままごと、費用3400億、死者2名。




 

 

 

 


 

 

 




 

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