日出卜英斗は学びたい

 白熱、エアホッケー!

 俺は特別運動神経がいい人間ではないが、体力では圧倒的なアドバンテージがある。でも、これってあんまり体力にものを言わせるゲームじゃないんだよな。

 高速で滑るディスクが、筐体きょうたいふちに当たって跳ね返る。

 その先へラケットを移動させて、的確な角度で打ち返すだけだ。

 そして、勿論もちろん沙恋されん先輩は抜群に上手い。

 けど、一方的な戦いにはならなかった。


「よっしゃ! これで同点! 追いついたっ!」

「ぐぬぬ……意外とやるね、英斗クン」

「ジュースがかかってますからね!」

「現金な奴め。じゃ、ボクも本気出そうかな」


 因みに、沙恋先輩の「本気出す」はこれで三度目である。なかなかに負けず嫌いな一面を垣間見せてくるが、妙に真剣なその姿がちょっとかわいい。

 ムキになっちゃって、先輩にもかわいげがあるじゃないか。

 そうこうしていると、沙恋先輩の美貌に気付いてかギャラリーが増えてくる。

 ちょっと気恥ずかしいが、俺は一心不乱にディスクを追いかけた。


「時に、英斗ひでとクン! 今日のデートなんだけど!」

「はい? え、ええ、なんですか。なんか、落ち度でも」

「すっごく、楽しい! ありがとう、ボク嬉しいよ」

「……は?」


 突然なにを言いやがるんですか、この人は。

 思わず俺は、顔が熱くなるのを感じた。頭が一瞬ぼーっとなって、向かいの沙恋先輩がキラキラし始めた。慌ててブンブンと頭を振ると、


「よしっ、これでまた1点リードだねっ! ふっふっふー、油断が過ぎるぞ? 英斗クン」

「あっ! ちょ、汚い! この人、なんでこう勝負になるとおとなげないんだ」

「大人の毛ならあるけどね! さあ、そっちからゲーム再開だぜー?」

「オヤジギャグかよ!」


 一瞬でも魅了されてしまった俺がバカみたいだ。

 ってか、バカそのものじゃないか!

 慌てて俺はゲームを再開させる。今までになく力が入って、高速でディスクはカンカンと鋭角的に飛んだ。

 けど、沙恋先輩は的確に反撃を打ち返してくる。

 一進一退、シーソーゲームは続いたが……俺は最後の最後でミスを連発してしまった。


「やたっ、ボクの勝ちっ!」

「ぬうう……せぬ。たった1点差じゃないか」

「勝ちは勝ちだよん? さ、潔くボクにおごりたまえ」


 周囲からまばらに拍手が上がって、沙恋先輩は満面の笑みでご満悦だ。白い歯がキラリと眩しくて、本当に屈託くったくなく子供みたいに笑ってる。

 学園にいる時とはまた別の、無邪気であどけない印象が胸に刻み込まれた。

 こういう顔で笑えるんだな、沙恋先輩って。


「……いっつもこうならかわいいんだけどな」

「んー? なにか言ったかい?」

「べ、別に。学校の時と違って、素直でかわいいって思っただけですよ」

「なっ! なななな……なにを言うんだキミは。ほらっ、自販機! 給水タイムだ!」


 沙恋先輩は耳まで真っ赤になって、慌てて俺の手を引っ張る。

 このゲーセンは意外に広くて、億には椅子とテーブルを並べた休憩スペースもあった。そこに並ぶ自販機で、俺は沙恋先輩に言われるままスポーツドリンクを買う。

 ペットボトルを渡すと、先輩はその冷たさをほおに当てて溜息をこぼした。


「ふい~、極楽極楽。人のお金で飲むジュースが一番美味おいしいんだよねえ」

「なんて人だ、前言撤回。全っ、然っ! かわいくねえ!」

「おやぁ? そんなこと言っていいのかい?」


 スポーツドリンクを一口飲んで、沙恋先輩は得意げに胸を反らす。今日ははっきりと、たわわな双丘ボインちゃんが形よく揺れていた。

 うーむ、普段の五割増しで美少女に見える。

 でも、俺は普段から綺麗なハナ姉の方が好きだけどな!

 そんなことを考えていると、沙恋先輩がグイと身を乗り出してくる。


「でも、結構いい線いってるんじゃないかな? デート、楽しいよ?」

「そ、そりゃ、どうも」

「恋人が望んでることは、極力付き合う。無理とか嫌とかじゃなかったら、願いは叶えてあげないとね」

「そういうもんですかね……」

「そそ、簡単だろう?」


 他にも沙恋先輩は、色々なことを教えてくれた。

 なるべく自分から進んで、お手洗い休憩を取る。男子がトイレに行けば、女子だってついでに用を済ませやすいのだとか。他にも細々とあって、その全てを俺は心のノートにつづっていった。

 俺が思ってたより、なにげないことの積み重ねだな。

 デートって、二人で楽しむものだってのも大事だと知った。


「さて、そろそろ行こうか」

「うす。んじゃあ……そろそろ昼飯? かな?」

「いいね。ちなみに、こういう時は」

「わかってますよ、男が出すんでしょう。それくらいは」

「おいおい、ボクたちまだまだ学生だぜー? 割り勘わりかんでいいんだよ、そゆのは。財布の中身なんて似たようなもんだしさ。それに」


 空になったペットボトルをゴミ箱に捨てると、沙恋先輩は振り返った。

 そのまま人差し指で、ビシリ! 俺を指さしてくる。


「男がおごらなきゃ駄目なんて、古い! デートは接待じゃないんだし、変に気を回されると女の子だって居心地が悪いんだぞ?」

「は、はあ」

「そういう訳で、安くて美味しいもの! ボク、お腹すいちゃったよ……ペコペコのペコだ」


 両手をお腹に当てて、沙恋先輩がゆるい笑みを浮かべる。

 それで俺たちは、ゲームセンターを出て昼食に向かうことにした。

 だが、出口に歩く中でふと沙恋先輩が脚を止める。

 先輩は、UFOユーフォーキャッチャーの中に転がるぬいぐるみを見詰めていた。ははーん、読めたぞ。こういう時にポイントを稼いでおくのも悪くないってな!


「先輩、欲しいんすか?」

「うん? ああ、ちょっとかわいいなって思って」

「ふっふっふ……了解ですよ。自分、加点いいすか?」

「おっ? 抜け目ないなあ。そういう遊びじゃないんだってば、デートって」

「いや、冗談は置いといてですね、取ってあげたくなるのが男心ってやつじゃないですか」


 俺は財布から百円玉を取り出し、投入する。

 悪いがこちとら、素人しろうとじゃないんでね……何故なぜって、意外とこういうのをまことが欲しがるんだよな。それに、UFOキャッチャーというのは実は、億の深い遊びでもある。


「アームの握力は……結構ありそうだな、良心的な店だ。どれ」

「と、取れそうかい?」

「取れるか取れないかじゃない、取るんですよぉ!」


 ちょっと格好いいことを言ったつもりだったが、初回は虚しくアームが空を切った。まあ、予想通りというか手応えはあった。この筐体の感覚は掴んだし、次は引き上げるイメージが固まってくる。

 沙恋先輩は、ガラスにべったり張り付くようにして中を覗き込んでいた。

 そして、もう一枚百円玉を投入、仕上げにかかる。


「わわっ、英斗クン! 掴めたよ、持ち上がった! 凄いじゃないか!」

「いやちょっと、先輩……揺らさないでもらえますか、危ないですから」

「へえ、やっぱキミはゲームが上手いね」

「まあ、そこそこオタクですから」

「そゆの、気にしなくていいんじゃない? 誰にだって夢中になれる趣味くらいあるさ。それがある人の方が幸せってもんだよん」


 ポトン、とウサギのぬいぐるみが取り出し口に落ちてきた。やはり、最初の失敗は無駄ではなかった……距離感も掴めたし、前後左右の空間把握もバッチリである。

 ぬいぐるみを取り出した沙恋先輩の顔が、パァァっと輝きを増してゆく。

 満面の笑みでニッコリの先輩はしかし、振り返りざまにチロリと舌を出した。


「英斗クン、ありがとう! それで……おかわり、いい?」

「……は?」

「もう一つ、今度は奥のクマ? も取ってほしいなあ」

「ちょ、待ってくださいよ、もう!」

「ああ、あれはどっちかっていうと、イヌ? かな?」

「そういう問題じゃねーっての」


 意外と図太ずぶくて図々ずうずうしい沙恋先輩だった。

 で、俺はさらに百円玉数枚を使って、クマだかイヌだかを取ってやる。

 戦利品が倍になったところで、沙恋先輩は満足したらしく意気揚々と歩き出した。その背を追って俺もゲーセンを出ると、不意に先輩は虚空を見据みすえる。

 背筋を伸ばしてすらりと姿勢よく、その姿は嫌になるほど見目麗みめうるわしかった。


「ハナ、それとまことクンも。そこにいるよね? 出ておいでよ」


 ああ、そうだった。あんまし楽しくて忘れてた。

 そう、楽しい。

 デートって、控えめに言って最高じゃないか。これ、ハナ姉と一緒だったらさらに凄いのでは? やばいな、夢はひろがりんぐ! それに、随分と勉強になったし。

 そんなことを考えてると、ゲーセンの立て看板奥から大小二つの影。


「え、えと、そのぉ……きっ、奇遇だね、沙恋ちゃんっ!」

「お前の悪事は、まるっとお見通しだ。この、泥棒猫どろぼうねこめ」


 ハナ姉とまことだ。ってか、ハナ姉の私服かわいすぎかよ! いかにもお嬢様って感じで、清楚で可憐だ。ちょっとだけ、ゴスロリ? っぽい感じである。

 まことはまあ、いつものまことだな。ジャージ姿である。

 沙恋先輩は、バツが悪そうな二人に歩み寄って、先程のぬいぐるみを手渡した。


「はいこれ。まことクンも。ちょっと英斗クン、借りちゃった。だから、お詫び。まあ、英斗クンが取ったんだけど」


 ハナ姉が「そうなの?」って見詰めてくるから、照れ臭くて頷くしかできない。でも、笑顔のハナ姉が見れてとってもよかった。あと、まことはキラキラした瞳でぬいぐるみを抱き締めてるが、やめてやれ……お前のフィジカルではクマだかイヌだかが死んでしまう。

 俺は慌てて一度ゲーセンに引き返し、もう一個ぬいぐるみを取ってくる。

 それを渡してやったら、意外そうに目を丸めて、沙恋先輩も気恥ずかしそうに笑うのだった。

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