Act.03 恋人とお邪魔虫の狭間に

日出卜英斗は教わりたい

 日曜日、俺は朝10時の駅前に来ていた。

 めかしこんだという訳でもないが、いつもより二割増しで身だしなみに気を使ってな。それでも、Tシャツにジーンズとラフな恰好だ。まだまだ寒さもぶり返す春先なので、一応もう一枚シャツをマントのように首元で結んでいる。


「しっかし、朝から凄い人だな……流石さすがは大都会、東京ってか」


 東京と言っても、23区のすみっこなんだけどな。

 それでも駅はモダンで小綺麗な建物だし、人の行き来が絶えない。

 万年シャッター街の地元とは違って、駅前の飲食店もかなり賑わっていた。

 うう、なんだか緊張してきた……考えてみたら、完全にアウェイの空気だよな。しかも、なにがやばいって、


「……どうして俺は、沙恋されん先輩とデートするハメになったのだぜ?」


 ちょっとYouTubeユーチューブの動画に出演してるかのような気分になる。

 なにかのドッキリであってほしい、ネタで終わってほしい。

 しかし、今更引き返すこともできない。なにより気になったのは、ハナ姉に笑顔で送り出されてしまったことだ。しかも「お土産みやげ、よろしくねぇ」と天使の微笑ほほえみ。

 俺、信用されてる!

 ……もしくは、沙恋先輩が信頼されてる。

 でも、ハナ姉にヤキモチくらいは焼いてほしかったなあ。

 そんなことを考えてると、背後でいつもの声が響く。


「やあ、おはよう。待たせたね、英斗ひでとクン」


 振り向くとそこには、2.4次元ほぼにじげんレベルの美少女が立っていた。

 チェックのスカートに黒タイツ、白いシャツにブレザー姿……ベレー帽もとっても似合ってる。制服なら男女両方見たことあるけど、私服は初めてだ。

 そして、健全な高校生男子としてつい視線が引っ張られる。

 ボタンを外して開けたブレザーの内側から、


「……沙恋先輩」

「ん? なんだい?」

「そ、その、えと……ども」

「ははーん、ボクの魅力にやられたな? うんうん、素直でよろしい」


 やっぱり沙恋先輩は女の子だった。

 あれか、着痩きやせする体質ってやつか。

 そうこうしていると、ぐっと身を寄せ沙恋先輩は俺の腕を抱いてくる。


「ちょ、ちょっと! くっつかないでくださいよ!」

「どしてだい? デートなんだぜー?」

「デートだけど、恋人じゃないですから!」

「わー、つまり……浮気だね? ふふっ、背徳的で大変よろしい」

「きょ、今日のはそういうやつじゃないですから!」


 俺は思わず、沙恋先輩を振り払った。

 けど、邪険にすると物凄い罪悪感が襲ってくることに気付く。

 道行く誰もが一瞥いちべつして振り返る、そんな先輩は今日も綺麗だ。そして、ちょっとシュンとした表情を垣間見せる。

 これは、駄目だ。

 ハナ姉というものがありながら、俺は胸騒ぎが落ち着かない。

 それに、女の子に意地悪してもよくない。


「……と、とりあえず、まあ、形だけなら」

「やったぜ! ふふ、英斗クンは話がわかるなあ」

「ハナ姉に遠慮とかないんですか、この人は。まったくもう」

「んー、そこはそれ、これはこれだよ。ハナにはあとで埋め合わせするし!」

「そういう問題ですか、っての」


 俺は少し迷ったが、そっと手を差し出す。

 意図いとを察して、沙恋先輩は手を繋いできた。

 本当に白くてひんやりした、まるで淡雪あわゆきのような肌触りだった。


「よしよし、じゃあ行こうか」

「でも沙恋先輩、あの……デートって、具体的になにをするんです?」

「そんなことだろうと思ったよ。キミ、童貞どうていだね?」

「ちょ、ちょっと! 女の子がはしたない!」

「やーい、デート童貞」


 まるで悪戯いたずら好きな悪ガキみたいに沙恋先輩は笑う。

 やめてよね、本当のこと言われると傷付くから。


「いいかい、英斗クン。今日はボクとのデートで、予習復習、お勉強だ」

「え? それってつまり」

「いつかハナとデートする時、困りたくないだろう?」

「あ……も、もしかして最初からそういうつもりで?」

「さあ? しーらない、っと。さあ、行こう! 楽しい日曜日の始まりだっ!」


 俺の手を引き、沙恋先輩は元気よく歩き出した。

 今日も先輩は本当に元気である。

 とりあえず俺は、なるほどと自分を納得させる。初めてのデートは一生の思い出、ハナ姉との尊い記憶にしたい反面……ハナ姉を華麗にリードして楽しく過ごせる自分も捨てがたい。

 よし、今日は沙恋先輩で予行演習ってことで。


「じゃ、じゃあ先輩っ! その、気持ちだけありがたく受け取りつつ、今日はデートのコーチよろしくお願いしますっ!」

「うんうん、そういうのでいいんだよ。……身体だけの関係、みたいな?」

「ちょっと、言い方! 先輩、そういうのじゃないですから! それに」


 俺の手を引きつつ、「うん?」と沙恋先輩が振り向いた。

 うん、可愛い。

 百点満点に可愛い。

 でも、この人はお邪魔虫、俺とハナ姉の間に挟まってくる小悪魔だ。

 そう、すっ、好きな訳じゃないんだからね!


「沙恋先輩、今日はありがとうございます?」

「はは、なんだいなんだい、改まって」

「今日はデートの師匠と弟子、そういう感じでけじめつけときたいんですよ」

「なるほど、オッケーオッケー! 沙恋大先生にお任せあれ、手取り足取り教えてあげよう。それと」

「それと?」


 ふいにぐいっと沙恋先輩が身を乗り出してきた。

 まばゆい美貌が目の前に近くて、互いの呼気で肌がくすぐったい。

 小さく声を殺して、なんとも楽しそうに沙恋先輩はニヤリと笑った。


「そっとだよ? そっと……そーっと、後ろ、見てみて」

「な、なにを」

「露骨に見ちゃ駄目だぞ? ほら、あそこのコーヒーショップの看板あたり」

「ん、それって……!?」


 俺はゆっくり、自然体を装って背後をチラ見する。

 そして、思わず驚きの絶叫を張り上げそうになった。

 お店の看板に隠れた、大小二つの影がこちらをうかがっていた。

 それは間違いなく、


「なっ……ハナ姉? それに、まことまで!」


 そう、橘花華たちばなはなか藍野あいのまことだ。

 二人共、変装? してサングラスなんかしてる。でも、コソコソするからこそ変に目立ってて、行き交う人は皆怪訝けげんな表情だ。

 あと、まことは何故なぜかアンパンと牛乳を手にしている。

 あ、尾行の基本ってこと? そんなアホな。


「沙恋先輩、あれは……」

「ふっふっふ、実はボクたちは尾行されているのだよ」

「……そっかあ、よかった」

「おいおい、なにがよかったんだい? いけないよね、人の恋路を邪魔する奴はさ」


 特大のブーメランを放っておいて、ニカッと沙恋先輩は笑う。

 時折見せる少年のような笑みに、やっぱりまだまだドキッとする俺だった。


「先輩、それ……自分のことわかってて言ってます?」

「ボクは邪魔しないし、邪魔にならないだろう? ただ、挟まってていたいのさ」

「いや、そこに無駄なこだわり持たれても」

「ふふ、そうかい? でも」


 俺は沙恋先輩に歩調を合わせて隣を歩き出した。

 当然、距離を置いて背後を追いかけてくる気配がある。

 でも、沙恋先輩は実に堂々としたもので、俺と繋いだ手を嬉しそうにブンブン振りながら話した。


「人のあいだと書いて、人間だろう? キミたちの間に挟まることで、それを実感するんだねえ……うんうん」

「なにを言ってるんですかこの人は」

「まあ、そのうちわかるよ。さて、英斗クン! 走ろうか!」


 は? いや、なに? この人なにを言って――


「うわっ、ちょ、ちょっと! 引っ張らないでくださいよ!」

「さあ、楽しいデートへの招待だ。エスコートのしかたを教えてあげる。行くよっ!」


 背後でハナ姉の小さな悲鳴が聴こえた。

 その声が、あっという間に遠ざかる。

 どうやら沙恋先輩は、ハナ姉とまことを巻いてしまうつもりらしい。

 屈託なく笑う彼女との、とってもヘンテコな休日が始まった瞬間だった。

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