Act.03 恋人とお邪魔虫の狭間に
日出卜英斗は教わりたい
日曜日、俺は朝10時の駅前に来ていた。
めかしこんだという訳でもないが、いつもより二割増しで身だしなみに気を使ってな。それでも、Tシャツにジーンズとラフな恰好だ。まだまだ寒さもぶり返す春先なので、一応もう一枚シャツをマントのように首元で結んでいる。
「しっかし、朝から凄い人だな……
東京と言っても、23区のすみっこなんだけどな。
それでも駅はモダンで小綺麗な建物だし、人の行き来が絶えない。
万年シャッター街の地元とは違って、駅前の飲食店もかなり賑わっていた。
うう、なんだか緊張してきた……考えてみたら、完全にアウェイの空気だよな。しかも、なにがやばいって、
「……どうして俺は、
ちょっと
なにかのドッキリであってほしい、ネタで終わってほしい。
しかし、今更引き返すこともできない。なにより気になったのは、ハナ姉に笑顔で送り出されてしまったことだ。しかも「お
俺、信用されてる!
……もしくは、沙恋先輩が信頼されてる。
でも、ハナ姉にヤキモチくらいは焼いてほしかったなあ。
そんなことを考えてると、背後でいつもの声が響く。
「やあ、おはよう。待たせたね、
振り向くとそこには、
チェックのスカートに黒タイツ、白いシャツにブレザー姿……ベレー帽もとっても似合ってる。制服なら男女両方見たことあるけど、私服は初めてだ。
そして、健全な高校生男子としてつい視線が引っ張られる。
ボタンを外して開けたブレザーの内側から、胸が優雅な起伏で自己主張していた。
「……沙恋先輩」
「ん? なんだい?」
「そ、その、えと……ども」
「ははーん、ボクの魅力にやられたな? うんうん、素直でよろしい」
やっぱり沙恋先輩は女の子だった。
あれか、
そうこうしていると、ぐっと身を寄せ沙恋先輩は俺の腕を抱いてくる。
「ちょ、ちょっと! くっつかないでくださいよ!」
「どしてだい? デートなんだぜー?」
「デートだけど、恋人じゃないですから!」
「わー、つまり……浮気だね? ふふっ、背徳的で大変よろしい」
「きょ、今日のはそういうやつじゃないですから!」
俺は思わず、沙恋先輩を振り払った。
けど、邪険にすると物凄い罪悪感が襲ってくることに気付く。
道行く誰もが
これは、駄目だ。
ハナ姉というものがありながら、俺は胸騒ぎが落ち着かない。
それに、女の子に意地悪してもよくない。
「……と、とりあえず、まあ、形だけなら」
「やったぜ! ふふ、英斗クンは話がわかるなあ」
「ハナ姉に遠慮とかないんですか、この人は。まったくもう」
「んー、そこはそれ、これはこれだよ。ハナにはあとで埋め合わせするし!」
「そういう問題ですか、っての」
俺は少し迷ったが、そっと手を差し出す。
本当に白くてひんやりした、まるで
「よしよし、じゃあ行こうか」
「でも沙恋先輩、あの……デートって、具体的になにをするんです?」
「そんなことだろうと思ったよ。キミ、
「ちょ、ちょっと! 女の子がはしたない!」
「やーい、デート童貞」
まるで
やめてよね、本当のこと言われると傷付くから。
「いいかい、英斗クン。今日はボクとのデートで、予習復習、お勉強だ」
「え? それってつまり」
「いつかハナとデートする時、困りたくないだろう?」
「あ……も、もしかして最初からそういうつもりで?」
「さあ? しーらない、っと。さあ、行こう! 楽しい日曜日の始まりだっ!」
俺の手を引き、沙恋先輩は元気よく歩き出した。
今日も先輩は本当に元気である。
とりあえず俺は、なるほどと自分を納得させる。初めてのデートは一生の思い出、ハナ姉との尊い記憶にしたい反面……ハナ姉を華麗にリードして楽しく過ごせる自分も捨てがたい。
よし、今日は沙恋先輩で予行演習ってことで。
「じゃ、じゃあ先輩っ! その、気持ちだけありがたく受け取りつつ、今日はデートのコーチよろしくお願いしますっ!」
「うんうん、そういうのでいいんだよ。……身体だけの関係、みたいな?」
「ちょっと、言い方! 先輩、そういうのじゃないですから! それに」
俺の手を引きつつ、「うん?」と沙恋先輩が振り向いた。
うん、可愛い。
百点満点に可愛い。
でも、この人はお邪魔虫、俺とハナ姉の間に挟まってくる小悪魔だ。
そう、すっ、好きな訳じゃないんだからね!
「沙恋先輩、今日はありがとうございます?」
「はは、なんだいなんだい、改まって」
「今日はデートの師匠と弟子、そういう感じでけじめつけときたいんですよ」
「なるほど、オッケーオッケー! 沙恋大先生にお任せあれ、手取り足取り教えてあげよう。それと」
「それと?」
ふいにぐいっと沙恋先輩が身を乗り出してきた。
まばゆい美貌が目の前に近くて、互いの呼気で肌がくすぐったい。
小さく声を殺して、なんとも楽しそうに沙恋先輩はニヤリと笑った。
「そっとだよ? そっと……そーっと、後ろ、見てみて」
「な、なにを」
「露骨に見ちゃ駄目だぞ? ほら、あそこのコーヒーショップの看板あたり」
「ん、それって……!?」
俺はゆっくり、自然体を装って背後をチラ見する。
そして、思わず驚きの絶叫を張り上げそうになった。
お店の看板に隠れた、大小二つの影がこちらを
それは間違いなく、
「なっ……ハナ姉? それに、まことまで!」
そう、
二人共、変装? してサングラスなんかしてる。でも、コソコソするからこそ変に目立ってて、行き交う人は皆
あと、まことは
あ、尾行の基本ってこと? そんなアホな。
「沙恋先輩、あれは……」
「ふっふっふ、実はボクたちは尾行されているのだよ」
「……そっかあ、よかった」
「おいおい、なにがよかったんだい? いけないよね、人の恋路を邪魔する奴はさ」
特大のブーメランを放っておいて、ニカッと沙恋先輩は笑う。
時折見せる少年のような笑みに、やっぱりまだまだドキッとする俺だった。
「先輩、それ……自分のことわかってて言ってます?」
「ボクは邪魔しないし、邪魔にならないだろう? ただ、挟まってていたいのさ」
「いや、そこに無駄なこだわり持たれても」
「ふふ、そうかい? でも」
俺は沙恋先輩に歩調を合わせて隣を歩き出した。
当然、距離を置いて背後を追いかけてくる気配がある。
でも、沙恋先輩は実に堂々としたもので、俺と繋いだ手を嬉しそうにブンブン振りながら話した。
「人の
「なにを言ってるんですかこの人は」
「まあ、そのうちわかるよ。さて、英斗クン! 走ろうか!」
は? いや、なに? この人なにを言って――
「うわっ、ちょ、ちょっと! 引っ張らないでくださいよ!」
「さあ、楽しいデートへの招待だ。エスコートのしかたを教えてあげる。行くよっ!」
背後でハナ姉の小さな悲鳴が聴こえた。
その声が、あっという間に遠ざかる。
どうやら沙恋先輩は、ハナ姉とまことを巻いてしまうつもりらしい。
屈託なく笑う彼女との、とってもヘンテコな休日が始まった瞬間だった。
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