狭宮沙恋は挟まりたい!
ながやん
プロローグ
日出卜英斗は結ばれたい
入学式を終えて今、俺は走る。
名は、
まあ、なんてうららかな
「ハァ、ハァ……お、お待たせ、ハナ
体育館裏、ひときわ大きな桜の樹の下。
小さな人影がゆっくりと振り返った。
俺の憧れの
春風に揺れる三つ編みに、
なにもかも、あの日のまま……消えてしまった日のままだ。
「ハナ姉、あの、急に呼び出してごめん。直接会うの、ほんと十年ぶりだから」
小さな
ほのかな光を放つような微笑み。
そして、空気が静かに震えた。
「おっ、キミが噂のヒデちゃんだね? ……なんか、目つき悪くない?」
は? いや、待って。
なにそれ、なんで……そりゃ、昔からそう言われてるけど。
「でも、顔立ちは悪くない。むしろ、好ましいね。うんうん、好きなタイプだ」
そりゃどーも。
でも、なんだ? この違和感、なに?
感動の再会、だよな?
手紙のやり取りしかできなかった十年が、なにを変えた?
いやいや、ハナ姉はずっと変わらない。
いつもの優しくてほがらかな、ちょっと、いやかなりド天然な。そういう素敵なお姉さんだったじゃないか。これはいったい。
「ハナ、よかったね。この子、すっごくいい子っぽい。目つき悪いけど」
また言った!
なんだよもう、昔のハナ姉はそんなこと言わなかった。
と、思っていたら……桜の影からふらりと誰かが姿を表す。
少女と見紛うような美貌の、酷く線が細い長髪の男子だ。
淡い桜の色さえ酷く目立つ、真っ白に漂白された……少年?
彼だか彼女だか、男子の制服を着た上級生がそこにはいた。
「え……ハナ姉、そいつ……誰?」
「あっ、ええとね、んと……ふふ、久しぶりだねっ、ヒデちゃん」
「あ、うん。……よかった、ハナ姉はハナ姉だ」
「この子は、
なんなんだよ!
あっ、沙恋とかいう奴! なに、ハナ姉の肩なんか抱いてるんだ!
なにその関係、ちょっと待って……どうしようもなく
俺のいない間に、ハナ姉に彼氏が?
そんな話、聞いてない。
「ボクはボクさ、ハナ。それより……当然の疑問だよね? 英斗クン」
「しっ、下の名前で呼ぶなっ! 馴れ馴れしい! お、おっ、お前っ、何者だ!」
「ああ、勘違いしないでほしいな。
「じゃあ、ハナ姉から離れろっ! ハナ姉も、こう、なんか近いよ! 無防備過ぎ!」
いやまあ、ハナ姉は昔からこういう人だけど。
誰からも人望があって、常に人の輪の中心にいて……本当に、
それが昔から、俺をやきもきさせてきたんだけど。
だけど、今はもっと苛立ちににた感情がささくれ立つ。
だって、そうだろ?
今日は運命の再会で、初恋を恋愛関係に変える日なんだ。
「あっ、ヒデちゃん。沙恋ちゃんは違うよ、ええと……入学おめでとっ、ヒデちゃん」
そっと沙恋から離れて、ハナ姉が歩み寄ってくる。
その華奢で小柄な姿が、見下ろすすぐ側まで来て手を取った。
小さなハナ姉の手は、そのぬくもりはあの日のままだった。
「大きくなったね、ヒデちゃん。あの日の約束、忘れてないよ?」
「じゃ、じゃあ」
「わたし、今もずっと……前よりずっと、ヒデちゃんが好き。ヒデちゃんは?」
「おっ、おおお、俺もっ! すっ、……き、っだ! 大好きだ、ハナ姉! 付き合ってくれ!」
ずっと、紙の上にペンで歌わせていた。
小さい頃から、大好きだったハナ姉。
手紙のやり取りはもどかしくて、何度も会いにいこうかとも思った。進学という理由がなければ、こんな遠くの大都会まではこれなかったんだ。
そして今、二人の溝が静かに埋まってゆく。
――
「ふふ、よかったね、英斗クン? じゃあ、これからもよろしく」
「……は? いや、ちょっと待て狭宮! ……せん、ぱい」
「沙恋でいいよ? ボクもキミのことは英斗クンって呼ぶからさ。それとも……ヒデちゃん、の方がいいのかな?」
「やめてくれよ、もぉ……なんだよあんた、何者? つーか、ハナ姉のなんなんだよ!」
この男? ときたら、堂々と挟まってきた。
二人の恋路に、違和感なく割り込んできたのだ。
そして、俺の腕を抱きながらハナ姉を抱き寄せる。
なにこれ、誰か説明してくれ。
こうして俺の高校生活は、おじゃま虫がデフォルト装備な日々と共に始まったのだった。
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