狭宮沙恋は挟まりたい!

ながやん

プロローグ

日出卜英斗は結ばれたい

 入学式を終えて今、俺は走る。

 名は、日出卜英斗ひでうらひでと。今日から高校一年生だ。

 春爛漫はるらんまんの空気は、舞い散る桜に彩られてる。

 まあ、なんてうららかな告白日和こくはくびよりだろうな。


「ハァ、ハァ……お、お待たせ、ハナねえ……久しぶり、だよな」


 体育館裏、ひときわ大きな桜の樹の下。

 小さな人影がゆっくりと振り返った。

 俺の憧れの幼馴染おさななじみ、ずっと再会を待ちわびていた人。十年近く離れ離れだったのに、その人は……橘花華たちばなはなかは昔のままの笑顔で迎えてくれた。

 春風に揺れる三つ編みに、眼鏡めがねの奥の潤んだ瞳。

 なにもかも、あの日のまま……消えてしまった日のままだ。


「ハナ姉、あの、急に呼び出してごめん。直接会うの、ほんと十年ぶりだから」


 小さなうなずきが返ってくる。

 ほのかな光を放つような微笑み。

 そして、空気が静かに震えた。


「おっ、キミが噂のヒデちゃんだね? ……なんか、目つき悪くない?」


 は? いや、待って。

 なにそれ、なんで……そりゃ、昔からそう言われてるけど。


「でも、顔立ちは悪くない。むしろ、好ましいね。うんうん、好きなタイプだ」


 そりゃどーも。

 でも、なんだ? この違和感、なに?

 感動の再会、だよな?

 手紙のやり取りしかできなかった十年が、なにを変えた?

 いやいや、ハナ姉はずっと変わらない。

 いつもの優しくてほがらかな、ちょっと、いやかなりド天然な。そういう素敵なお姉さんだったじゃないか。これはいったい。


「ハナ、よかったね。この子、すっごくいい子っぽい。目つき悪いけど」


 また言った!

 なんだよもう、昔のハナ姉はそんなこと言わなかった。

 と、思っていたら……桜の影からふらりと誰かが姿を表す。

 少女と見紛うような美貌の、酷く線が細い長髪の男子だ。

 淡い桜の色さえ酷く目立つ、真っ白に漂白された……少年?

 彼だか彼女だか、男子の制服を着た上級生がそこにはいた。


「え……ハナ姉、そいつ……誰?」

「あっ、ええとね、んと……ふふ、久しぶりだねっ、ヒデちゃん」

「あ、うん。……よかった、ハナ姉はハナ姉だ」

「この子は、沙恋されんちゃん。狭宮沙恋はざみやされん、二年生。わたしの、ん……なんだろ?」


 なんなんだよ!

 あっ、沙恋とかいう奴! なに、ハナ姉の肩なんか抱いてるんだ!

 なにその関係、ちょっと待って……どうしようもなく耽美たんびな光景だけど、やめてくれ。

 俺のいない間に、ハナ姉に彼氏が?

 そんな話、聞いてない。


「ボクはボクさ、ハナ。それより……当然の疑問だよね? 英斗クン」

「しっ、下の名前で呼ぶなっ! 馴れ馴れしい! お、おっ、お前っ、何者だ!」

「ああ、勘違いしないでほしいな。間男まおとこじゃないんだ……男じゃないし」

「じゃあ、ハナ姉から離れろっ! ハナ姉も、こう、なんか近いよ! 無防備過ぎ!」


 いやまあ、ハナ姉は昔からこういう人だけど。

 誰からも人望があって、常に人の輪の中心にいて……本当に、ちょうや虫たちが集ってくる花みたいな存在なんだ。

 それが昔から、俺をやきもきさせてきたんだけど。

 だけど、今はもっと苛立ちににた感情がささくれ立つ。

 だって、そうだろ?

 今日は運命の再会で、初恋を恋愛関係に変える日なんだ。


「あっ、ヒデちゃん。沙恋ちゃんは違うよ、ええと……入学おめでとっ、ヒデちゃん」


 そっと沙恋から離れて、ハナ姉が歩み寄ってくる。

 その華奢で小柄な姿が、見下ろすすぐ側まで来て手を取った。

 小さなハナ姉の手は、そのぬくもりはあの日のままだった。


「大きくなったね、ヒデちゃん。あの日の約束、忘れてないよ?」

「じゃ、じゃあ」

「わたし、今もずっと……前よりずっと、ヒデちゃんが好き。ヒデちゃんは?」

「おっ、おおお、俺もっ! すっ、……き、っだ! 大好きだ、ハナ姉! 付き合ってくれ!」


 ずっと、紙の上にペンで歌わせていた。

 小さい頃から、大好きだったハナ姉。

 手紙のやり取りはもどかしくて、何度も会いにいこうかとも思った。進学という理由がなければ、こんな遠くの大都会まではこれなかったんだ。

 そして今、二人の溝が静かに埋まってゆく。

 ――はずだった。


「ふふ、よかったね、英斗クン? じゃあ、これからもよろしく」

「……は? いや、ちょっと待て狭宮! ……せん、ぱい」

「沙恋でいいよ? ボクもキミのことは英斗クンって呼ぶからさ。それとも……ヒデちゃん、の方がいいのかな?」

「やめてくれよ、もぉ……なんだよあんた、何者? つーか、ハナ姉のなんなんだよ!」


 この男? ときたら、堂々と挟まってきた。

 二人の恋路に、違和感なく割り込んできたのだ。

 そして、俺の腕を抱きながらハナ姉を抱き寄せる。

 なにこれ、誰か説明してくれ。

 こうして俺の高校生活は、おじゃま虫がデフォルト装備な日々と共に始まったのだった。

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