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数分か十数分かして泣き止んだ鏡太郎は、気まずく母の胸から離れた。いくら病室のベッドだからといえ、ありふれた親子のように寄り添って手を取りあってみたりするような仲にはなかった。鏡太郎と、その母は。

 「……ケイ子さんのところにいた。」

 辛うじて鏡太郎は、それだけ言った。嘘ではないけれど、本当でもなかった。

 母にもそれは分かっていたと思う。なにせ同じ観音通りで娼館を経営していたのだ。女たちの間に囁かれる噂は耳に入るだろうし、その中には放蕩息子の行方だって時々はまぎれていたはずだ。

 それでも母は、そう、とだけ呟いた。鏡太郎に、というよりは、自分に言い聞かせるような口調だった。

 「どうしたの、ずいぶん久しぶりに。」

 母の声に皮肉の色はなかった。どちらかと言うと、鏡太郎の身になにか異変でもあったのかと案じるような色があった。

 「どうってわけでもないんだけど……。」

 「……そう。」

 会話はそれだけだった。それ以上話すことが見つからなかった。母は、鏡太郎が母を疎んじていたことを知っているはずだ。それを隠せるほど、15歳の鏡太郎は大人ではなかった。

 気まずく自分の靴に視線を落としたまま、鏡太郎は迷い迷いそれでも別れの言葉を切り出した。

 「帰るよ、俺。」

 母もそれを引き留めはしなかった。

 「そう。気を付けて。」

 また来るよ、でも、じゃあまた、でもなく、二人っきりになってしまった親子は、さようならを言いあった。

 嘘をつけないところがお互い似ている。

 鏡太郎はぼんやりそんなことを思った後、母の病室を急ぎ足で出た。今更になって、27にもなって母の胸の中で号泣したのが恥ずかしくなってきたのだ。その、涙の理由さえ分からないから余計に。

 病院から出ると、鏡太郎は公衆電話を見つけ、ルリ子の部屋に電話をかけた。誰かに現実に引き戻してほしかったのだ、15歳だった頃の鏡太郎の世界ではなくて、27歳になった鏡太郎の世界に。

 「ルリ子?」

 『鏡ちゃん?』

 「病院、行ったよ。」

 『え、今?』

 「うん。今。」

 『そう。じゃあ、そこにいて、タクシーで迎えに行ってあげるわ。』

 「え、いいよ。遠いし金かかる。」

 『タクシーって、こういう時のためにあるのよ。』

 ぷつりと電話が切れる。

 鏡太郎はしばらく受話器を持ったままぼうっとしていたけれど、取りあえずバス乗り場の側にあった木製のベンチに腰掛けた。涙の残滓が目じりにパリパリになって張りついていて、不快だった。手の指で乱暴に拭うと、尚更眼元が傷む。

 ああ、いやだな。

 口の中だけで呟いて、鏡太郎は涙の第二波をこらえた。

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