ルリ子
「へーぇ、行くとこないの。鏡ちゃんが。めずらしいねー。うち来る?」
ケラケラ笑いながら言ったのは、街灯の真下、観音通りの一等地に立つ高級街娼、ルリ子だった。今日も名前に合わせた瑠璃色のミニワンピースが、まっ白い肌と短い黒髪に映えている。
「先入って勝手にしてていいよー。つってもなにもないけどね。」
ぽん、と裸のままの鍵を投げ渡され、鏡太郎は思わず苦笑した。
ルリ子は馴染みの女だ。時々女が途切れたり、女ともめて二、三日寝場所が必要なときには、ルリ子に頼ることが多かった。
「ありがと。」
放られた鍵をキャッチし、鏡太郎は笑った顔のまま身を翻す。ルリ子の部屋は、観音通りの中ほど、白壁のアパートの二階角部屋だ。
勝手に鍵を開け、部屋の中に入る。この前泊めてもらったのはもう半年くらい前になるのか、部屋の様子は変わっていない。
狭い1Kに押し込まれた銀のラックには所狭しとドレスがかけられ、硝子テーブルの上は化粧品とアクセサリーで占拠されている。その奥にはセミダブルのベッドが無理やり押し込まれていて、それだけで部屋の床面積のほとんどが利用されている。つまり、本当になにもないし、本当に足の踏み場すらないのだ。
それでも勝手知ったる他人の家だ。鏡太郎はラックとテーブルの間の狭い通路を通り抜け、ベッドに上がった。そのまま布団をひっかぶり、しばらく寝ていると、玄関でごそごそと物音がする。
「鏡ちゃん? ピザ食べる?」
ルリ子の帰還だ。彼女は片手に24時間営業のスーパーマーケットのビニール袋を提げていた。
「食べる。」
「コーラもあるよ。」
「最高。」
「映画見ながら食べよ。」
「神かよ。」
でしょでしょ、と笑ったルリ子は、ひょいとベッドに飛び乗ると、ベッドの足もとらへんに容赦なくピザとコーラを広げた。
「なに観たい?」
「ホラーがいいな。」
ホラーね、了解、とルリ子がコレクションしているDVDを漁っている間に、鏡太郎はコーラを啜り、マルゲリータを齧る。
「これがいいな、結構怖かったよ。」
ルリ子の瑠璃色に染められた長い爪が、器用にDVDのパッケージを開ける。
ルリ子と過ごす部屋は、いつもこんなふうだった。疑似恋人関係さえもルリ子は望まないので、鏡太郎も楽ちんなのである。
それでも鏡太郎はルリ子の部屋を常宿としないのは、単純にルリ子がそれを望まないからだ。ルリ子は、売春婦にしては珍しく、ヒモを必要としない女だった。
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