そのまま鏡太郎はめぐみとセックスをしようとした。

 自分の一番の特技はそれだと思っていた。一番というか、唯一の。それくらいしか、今この場で凍りついたような肩をしている女を慰める手段が思い浮かばなかったのだ。

 布団の上に、めぐみの身体を慎重に押し倒す。長い髪が枕から床へと滝のように流れ落ちてきれいだ。

 けれどどうしても、そこから鏡太郎は動けなかった。彼女の両肩を押さえ、身体に覆い被さったまま、固まってしまった。

 そんな鏡太郎を見て、彼女は笑った。だるそうに顔の半分を染めたまま、顔のもう半分で確かに笑った。

 「鏡ちゃんは、優しすぎるわね。本当はヒモになんか向いていないんじゃないの。」

 「……そうかな。」

 「もっと卑劣にならないと。女が泣こうが喚こうが金を引っ張ってくるくらいに。」

 「でも、めぐみさんは泣きも喚きもしないじゃない。」

 くすり、と、めぐみは唇の半分から笑い声を漏らす。

 泣きも喚きもしない女の乾いた笑い声は、鏡太郎の身体を妙に冷たくした。セックスなんてしなくていいから、肌を合わせて温まりたいと思うくらいに。

 「泣くのも喚くのも疲れたの。もう、疲れたのよ。」

 もう疲れた。そう言っためぐみの笑顔は、生まれて初めてセックスをした日に見た、茜の笑顔になぜか似ていた。茜は顔半分でなど笑わず、芯から楽しげにけらけら笑っていたのに。

 「……寒い。」

 甘えるように、鏡太郎は目の前の女に身を寄せた。

 「私も寒い。」

 掛布団を引き寄せるという現実的な手段を取らないまま、鏡太郎は手早く服を脱いだ。 なにかに追われるみたいに、急いで。

 めぐみは黙ってそれを見ていたけれど、鏡太郎が裸になると、自分も黒いドレスを脱いだ。

 並んで布団に転がり、手足を絡めた。

 それでも、寒かった。

 寒いもの同士では暖められないどこかがあって、そのどこかがずっと冷たい。

 「侘しいのね。」

 ぽつりと、めぐみが言った。

 「なんでそんなこと言うの」

 鏡太郎は彼女の腰を強く引き寄せた。

 きっと寒くなくなれる。今だけだ、寒いのは。そんなふうに自分に言い聞かせた。

 「ねえ。ずっとここに居ちゃだめ?」

 問えば、驚いたようにめぐみは鏡太郎を見上げた。

 「どうしたの?」

 「……俺も、死んだ人のことが忘れられないんだ。だから、いつも寒い。」

 きちんと意識したのは初めてだった。でも、口にしてしまえばそれ以上確かなこともない。

 茜がいないから、鏡太郎はずっと寒い。分かってくれるのは、この顔の半分だけで笑う女だけだという気がした

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