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翌日の夕方も深くなった頃に鏡太郎が目を覚ますと、弓子はもういなかった。小ざっぱりと片付いた畳張りの六畳間の真ん中には、折り畳み式の卓袱台が出されていて、その上にはラップのかかった食事が用意されていた。
目を覚ました時に食事が用意されているなんて生まれて初めてかもしれない、と、鏡太郎は思った。
母親は体が弱くて寝付いていることが多かったので、子供の頃から朝ごはんは、シリアルを自分でお皿に入れて牛乳をかけてかきこむのがお決まりだった。
妙な感慨にふけりながら、卓袱台の前に座り、皿のラップを剥ぐ。
一番大きい皿には、葱の入った卵焼きと、大根おろしのかかった肉が乗せられていた。 二番目に大きい皿には野菜サラダがあって、空っぽの茶碗と吸い物椀には、シンクの上の炊飯器とコンロの上の鍋からよそってください、との短い手紙が添えられていた。習字の手本みたいにきれいな字だった。
鏡太郎は立ち上がるのが面倒臭かったし、そもそも米を食べる習慣がなかったので、ふたつの皿に盛られた料理だけを食べた。そして、敷きっぱなしにしていた布団にまたごろりと寝ころんだ。
この部屋にはテレビがない。小さな本棚には小難しげな本が並んでいたが読む気にはならないし、空けた皿を洗っておこうなんて殊勝な心がけではヒモ稼業は務まらない。
暇だな、と天井を見上げていると、いつの間にか眠ってしまったらしい。
ことこと、と、微かな物音で目を覚ますと、弓子が卓袱台の上の皿を片付けていた。鏡太郎は、薄目を開けてその様子を眺めていた。
片付けが終わると、弓子は押し入れから夏用の掛布団と毛布をひっぱり出し、それにくるまって眠ろうとした。
鏡太郎は両腕を伸ばし、彼女の腰を引き寄せた。
「こっちで寝ればいいじゃん。」
子どものように細い腰をしていた。
彼女は驚いたように短く息を飲み、鏡太郎の手をぴしぴしと叩いて抵抗をした。
鏡太郎は構わず彼女の身体を自分の傍らまで引き寄せると、昨日と同じようにキャミソールを剥がした。今度は弓子も抵抗しなかった。
もう治らない傷の一つ一つに、唇を押しあてる。
治ればいいと思った。こうやって舐めていたら僅かばかりでも薄くならないかと。
そして鏡太郎は、そんなことを考えている自分に驚いていた。
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