第11話

それからあたしたちは交代で換気扇の穴から外へ向けて叫び続けた。



出ない声を振り絞り、できるだけ遠くへ届くように声を出す。



窓から下を見下ろしてみると、人が小さな点くらいにしか見えなかった。



行きかう車も小指の先で完全に隠れてしまう。



これじゃ声が届く可能性なんてほぼゼロだ。



だけど、100%無理という事ではない。



さっきまで泣いていた千鶴が机の上に乗り、懸命に叫んでいる。



きっと大丈夫。



希望さえ捨てずにいればあたしたちは助かる。



数分間叫んだ千鶴からノートを受け取り、机の上に上がろうとした時だった。



《それではこれより、次のリプレイを初めていただきます》



そんなアナウンスが聞こえてきて、あたしは動きを止めた。



全員がスピーカーに釘付けになっている。



「嘘でしょ……」



千鶴が信一の腕を掴む。



「まだやるのかよ……」



続がそう言い、奥歯をかみしめた。



もしかして、全員が死ぬまで終わらない。



なんて事はないよね?



そんな事を考えてゾクリと背筋が寒くなった。



《リプレイ》があと何回続くのかわからないと言う事は、その可能性もあると言う事だ。



あたしはグッと口を結んだ。



今考えたこと絶対に口にしちゃいけない。



そう思って。



「ふざけやがって!」



不意に、信一が乱暴に椅子を持ち、スピーカーの前に立った。



「おい、やめろ!」



続が咄嗟に信一に駆け寄り、その体を羽交い絞めにした。



「くそ、離せよ! 自分だけ安全な場所にいて俺らの事をバカにしやがって!!」



信一の目は血走り、スピーカーへ向けて怒鳴り散らした。



「やめろって! 指示が聞こえなかったら全員が《リプレイ》に失敗することになる!」



続の言葉に、信一の手から椅子が落ちた。



ガンッと大きな音がした後、教室の中は静かになった。



信一がゆっくりと振り返り、千鶴を見た。



千鶴は目に涙をためたまま何も言わない。



自分の代わりに死んで欲しい。



そんな事、言えるわけがない。



でも、浮かんだ涙で千鶴はすべてを語っていた。



「俺……死にたくないよ」



信一が震えた声で訴える。



さっきまでの怒りは消え去り、その表情は恐怖で歪んでいる。



しかし、犯人は待ってはくれなかった。



《次は、一週間前の登校時間を再現してください。相談時間は30分です》



男か女かもわからない声がそう言い、プツッと途絶えた。



「一週間前なんて……覚えてないよ!」



千鶴が叫ぶ。



確かにそうだ。



昨日の昼休みから随分と時間が逆戻りしている。



「落ち着け」



そう言ったのは続だった。



「《リプレイ》をやらせる理由はわからないけど、指定される時間や日にちにはなんらかの共通点があるんじゃないかと思うんだ」



「共通点?」



あたしは首を傾げて続を見た。



「あぁ。それがどんな共通点かはまだ見えてこない。でも、一週間前の登校時間になにかがあったから《リプレイ》させたいんじゃないか?



 たとえば、俺たちに何かを思い出させるために」



「思い出させるため……?」



あたしは眉間にシワを寄せた。



「たとえばの話だ。《リプレイ》はどれだけ正しい記憶力を持っているかどうかが試されている。



でも、さすがに一週間も前の事となると細かな所までは誰も覚えていない。そうなると、今度はどこまで思い出すかにかかってると思うんだ」



「……俺たちは何か重要な事を忘れているってことか」



信一がそう呟いた。



何か、忘れている事……一週間前、なにがあったっけ……?



椅子に座り、あたしは頭を抱えた。



「一週間前、俺は教室に入ってから大したことはしていない。前日発売されたコミックを読んでたくらいだ」



「ってことは、他の誰かに何か重要な事が起こった可能性があるってこと?」



千鶴の質問に、続は「おそらくは」と、頷いた。



あたしにとって重要な事……。



そう考えた時、あることを思い出してパッと顔を上げた。



「そういえばあたし、一週間前の登校中に倒れたんだった!」



あの日、朝から体調がよくなかったあたしは少し無理をして学校へ来ていたんだ。



だけど、教室へ行くまでの廊下で倒れてしまったんだ。



確かあの時は……。



あたしは千鶴を見た。



「あたしと有紀も一緒にいた!」



「うん。2人に連れられて一旦保健室に行って、それから教室に来たの。遅刻ギリギリだったけど、ホームルームには間に合った」



あたしは頷いてそう言った。



結局途中で早退してしまったけれど、1時限目だけは出席したんだ。



「きっと、それを《リプレイ》させたいんだろうな」



続はそう言った。



「でも、教室へ入ってからは普通にしてただけだよ?」



あたしがそう言うと、信一が何かひっかかったような顔を浮かべた。



「信一、どうしたの?」



そう聞いたのは千鶴だった。



「いや、スピーカーの声は『教室内の出来事を《リプレイ》しなさい』とは言ってないよな?」



「それはそうだけど……」



あたしと千鶴は目を見交わせた。



「昼休みに教室にいなかった続が隅っこで座っていても、×印はつかなかった。



つまり、続は外に出ていたという認識で受け取ってもらえたってことだよな?」



「そう言う事になるな」



続は頷く。



「ってことは、俺たちがここから先は外だと設定してうごけばいいんじゃないか?」



「そんな事して、大丈夫なの?」



千鶴が不安そうな顔を浮かべてそう聞く。



「教室へ入ってからの事を《リプレイ》しても意味がないなら、登校中の事を《リプレイ》した方が正解なんじゃないか?」



そう言いながら、信一は教卓を移動し始めた。



教卓を教室の一番後ろへと移動させると、そこにスペースがうまれる。



このスペースをあたしが倒れた廊下だと仮定するわけだ。



多少の不安が残るものの、廊下で倒れた出来事と教室での出来事をできるだけ間違わずに《リプレイ》しておけば×印はつかないだろう。



舞台が整ったところで時計の長針が30を指した。



今回はちゃんとした相談ができたけれど、重要となるのはあたしの行動だ。



あたしが1つ間違えれば、千鶴も巻き添えにすることになる。



ゴクリと唾を飲み込み、あたしは教卓のあった場所に立った。



千鶴はあたしの後ろ。



続と信一はすでに教室内にいて、漫画を読んだり友人を会話する素振りをしている。



《時間です。それではこれよりリプレイを開始してください》



その声にドクンッと心臓が跳ねる。



あたしは自分の背中に汗が流れるのを感じながら歩き出した。



後ろから千鶴が付いてくる気配がする。



何歩か進んだ時、あたしは壁に手を付いた。



演技なのに、本当に気分が悪くなっていくのを感じる。



きっと緊張状態でいるせいで、強いストレスを感じているのだろう。



あたしはその場に立ち止まり、膝をついた。



すぐ目の前には有紀と真の死体が並んで横たわっている。



次はあたしがこうなってしまうんじゃないか?



そう思うと、吐き気が込み上げて来た。



「奏! 大丈夫!?」



千鶴が後ろから声をかけて来た。



あたしは振り向き、「ちょっと……気分が悪くて」と、答えた。

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