空飛ぶクジラ

清瀬 六朗

第1話

 「わたしは、昭島あきしまの海をまたクジラが泳いでいるところを見てみたいです!」

 小菊こぎくが自信たっぷりにそう言ったあと、教室は狐につままれたような静寂が支配した。

 それもつかの間、みんながどっと笑い出した。

 「どこを泳ぐんだよ?」

 「え? 昭島、これから海に戻らないといけないの?」

 「多摩川にクジラなんか浮かないぞ!」

 教室中からことばが浴びせられる。担任の教師も、にたにた笑いを浮かべながら、小菊にそのクジラのような小さい目を向けている。

 小菊は肩をすぼめて小さくなっている。耳まで赤くなって、中途半端にうつむいている。

 そのまま座ることもできないのだろう。

 ああ。

 バカ。

 教室のなかのできごとに何の関心もない、という振りで、おれは窓の外へと目をやった。

 おれの席が窓際の後ろのほうだというのは、こういうときには助かる。


 中学生のころおれは昭島に住んでいた。この昭島という市は、クジラの化石が発見されたということで有名だ。

 ほんとうに全国規模で有名かどうかは知らない。でも、昭島市民は、ここは、昔、クジラが泳いでいた街だということを、なんのかんの言いながら誇りに思っている。毎年夏には「くじら祭り」も開かれる。

 昔、この昭島のあたりは浅い海で、そこをクジラが泳いでいたのだそうだ。

 それはいい。

 でも、よりによって、「将来の夢」を聞かれて、クジラが泳ぐところを見たい、と答えるとは。

 ……小菊というやつは、そういう感性をしているのだ。

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