第118話 君のまま

「そろそろ草刈りしなきゃダメね」


 麦わら帽子のつばを上げて、リリーは見回した。

そこはかつて、侑子の魔法練習で二人で土まみれになった場所だった。その時より更に時を遡ると、桑畑が広がっていた。

 今は雑草の楽園状態である。


「ママー! みてみて!」


 モモカが両手いっぱいに集めてきたのは、丸みのあるブラシ状に沢山の小穂をつけた草だった。


「こうしてみると、毛虫みたいね」


 茎をつけた状態で上手に摘み取れなかったのだろう。小さな手の上には、緑色のエノコログサの穂だけが、いくつも乗っかっていた。


「たくさん集めたね」


 自慢げなモモカの頭を優しく撫でながら、エイマンが微笑む。再び草遊びへ戻っていった娘を見送ると、彼はリリーの手を握った。


「緊張してる?」


「してないわ。家族なのよ」


「君にしては、朝から口数が少ないから」


「まず何から話そうかって、ずっと考えてるの。沢山あるんだもの。言いたいこと、話したいこと……十年分以上よ」


「そうだね」


 繋いだ手に力を込めて、リリーは夫の方を向いた。夏の日差しが眩しい。


「何だか不思議な感じ。私は家族においていかれて一人になって、あなたと家族を作って、いなくなった家族がまた戻ってくる」


「幸せなことじゃないか」


 瞳に踊る虹を見つめながら、エイマンは微笑んだ。リリーがやはり緊張を感じていることを確信する。


「何も心配いらないよ。この場所の風景が変わっても、君は君のままなんだから。おじさんもおばさんも、マサオくんだってそうだ」


 うん、と頷いたリリーは、おもむろに腕を上げて背伸びをした。

大きく深呼吸して、再びその場所を見渡す。かつて彼女の家があった場所を。


「お母さん達、ここにまた住むのよね。家を建て直さなくちゃ」


「蔵しか残ってないもんな」


 二人の視線の先には、一年ほど前までユウキが寝泊まりしていた古びた建物があった。その中にユウキの私物は既に残っておらず、唯一彼が置いていったものは、自作した魔石ソケットだけだった。


「ママ! おきゃくさんきた?」


 モモカの舌足らずな声と、車のエンジン音が聞こえたのは同時だった。


「来たかな?」


「行こうか」


 モモカを真ん中にして、三人は並んで手を繋いだ。


「モモ。あなたのおじいちゃんとおばあちゃん、おじちゃんに会えるわよ」


 繋いだ手をブンブンと楽しげに振りながら、リリーは歌うように娘に告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る