第17話 約束

 侑子を王都へ送り届ける役目に就いたのは、ヤヒコとヤチヨの兄妹、そしてヤヒコの長男、コルだった。


「もう十歳だからな。そろそろ拠点間の移動以外の経験を積むには、良い頃合いだろう」


 息子の同行を長に持ち出したのは、ヤヒコだ。

ランはすぐに承諾し、期待に満ちた瞳を輝かす、少年の肩に手を置いた。


「頼むよ、コル。来訪者を無事に王都へ送り届けてくること。責任は重大だが、滅多に経験できることではない。しっかり父と叔母の姿を、記憶に焼き付けて来るのですよ」


「はい」


 重みと凄みの効く声は、年長者ならではの波を持っている。

神妙に返事をしたコルだけでなく、横にいた侑子にも、緊張感が伝播してきた。


「よろしくお願いします、コル」


 自分に向かって深く頭を下げた侑子に、コルは目を瞠って、すぐに深く頷いた。


「ユウコ。俺、ちゃんと王都まで送っていくからな。父さんとチヨちゃんの足手まといにはならないように、気をつけるから」


 少年の声は、澄んでいた。

純粋な響きと真摯な言葉が、侑子は眩しく感じた。


「よし! コル、頑張るんだぞ。基本は普段の移動と同じだ。俺が前を行く。チヨがしんがりだ。お前は基本的に、ユウコのすぐ後ろを守る。たまに俺と先頭を代わりなさい。いいか?」


「はい」


 いつもの親子の会話では、敬語は使わない。しかし長から何かしらの任務を任された際には、勤め上げるまでは家族であっても、経験値の高い者を敬い、従うことが習わしだった。


 出発は、晴れの日が二日続いた日に決まった。




***




(機械いじりが、好き)


 出発を翌日に控えた夜、侑子はヤチヨのテントで、二人並んで談笑していた。

出会ってからメムの里で過ごす間に、同い年の二人は、すっかり仲を深めていた。生まれ育った環境はまるで違ったし、ヤチヨは専ら筆談だったが、そんな枠を超えて打ち解けている。


「機械いじり?」


 ヤチヨは頷くと、テントの片隅に置いてあった、小型の工具箱を指し示した。

そしてザックの中から、何やら長方形の黒っぽい物体を取り出した。一見すると、テレビのリモコンのようである。

細かく小さな穴が片面に複数開いており、反対側にはボタンとスイッチが見えた。


「これ、ヤチヨちゃんが手作りしたの?」


 侑子の予想は当たったようだった。

ヤチヨは嬉しそうに頷くと、カチリと小気味良い音を立てて、スイッチの窪みを押した。


(何か、歌って)


「歌? えーと……じゃあ」


 タブレットに記された指示通り、侑子は昼間子供達と歌った歌謡曲を口ずさんだ。


一回目のサビを歌い終えたところで、再びカチリと音が聞こえる。

侑子が歌を止めると、ヤチヨはスイッチの横の緑のボタンを押した。


『歌? えーと……じゃあ』


 先程の侑子の声と歌声が、黒い物体から流れてきた。かなり明瞭な音である。


「ああ! これ、レコーダーだったんだ」


 感嘆する侑子に、ヤチヨは嬉しそうに何度も頷いている。先程緑のボタンを押した所で音声は途切れ、再びヤチヨがボタンを押すと、再度『歌? えーと』と始まる、侑子の声が流れてきた。


「これ、ヤチヨちゃんが一人で作ったの? イチから?」


「ウ、ウ」


 頷きとともに、ヤチヨの口からか細い声も聞こえる。「うんうん」と言っていると侑子は受け取った。


「すごいね! かなり音質も綺麗じゃない?」


(最大で五分、録音できる)


「へぇー。本当に凄いね。私、こういうの全然分からないから、とても尊敬するよ」


(たまに街に降りた時に、ジャンク品を漁ってくるの。移動の時に荷物にならない程度しか、工具は持てないけど。メム人、手先が器用。私の他にも、こういう機械いじりが好きな人は多い)


「そうなんだ」


 機械、と聞いて侑子はアオイのモジャモジャ頭を思い出した。彼は大学で機械について研究しているはずだった。二年前の手紙では、王都に戻って研究開発を続けていると、近況が綴ってあった。


そんな話をすると、ヤチヨは大きな瞳を輝かせ、くいついてきた。


(王都に行ったら、その人もいるかな?)


「どうだろう。最後に連絡が取れたのは、二年前だからな……確か手紙が届かなくなった頃に、王都の大地震があったんだよね?」


 侑子の言葉に、ヤチヨははっとした顔をした。すぐに彼女の美しい顔は悲しげに歪む。


侑子が二年前に王都を直撃した大震災のことを知ったのは、ヤヒコと山中で合流した後だった。里へ向かう背負子の上でその話を聞いて、呆然とした。


文通が途絶えた理由が、判明した。

おそらくリリーの家の屋根裏は、無事ではなかったのだろう。


「大丈夫! 心配しないで。もう、大丈夫だから」


 すまなそうに肩をすくめるヤチヨの背中を、侑子はさすった。


「見えないところでいくら心配していても、仕方ないでしょ? 明日には王都に向かうんだし、すぐに分かるよ……皆どうしてるのか。アオイくんはもしかしたら今も王都で、機械を作っているかも知れない。そうしたら絶対に紹介するからね」


 そう、いくらあれこれ懸念しても、妄想でしかないのだ。幹夫の言葉が蘇った。


「それに……書いてあった。手紙に。『何があっても、無事を貫くと約束する』って。信じてるよ。だからきっと、大丈夫。皆元気だよ」


 ヤチヨを安心させるために声にした言葉を、侑子は噛み締めていた。


便箋の上のユウキの筆跡が、目に浮かんだ。

彼の字は美しかった。


『愛してる』

その言葉の後に、約束すると書いてあったのだ。ユウキがそんな約束を破るなんて、考えられなかった。

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