第5話 八千代

 侑子はヤチヨに連れられて、廃墟を出てしばらく山道を進んだ。


道と言っても、辛うじて丈高い藪を取り除いただけの、獣道よりも曖昧なものだった。

前を歩くヤチヨが、時折小さな鎌を振って、道を切り開いている。慣れた手つきだった。


先程ヤチヨが被せてきた薄布の存在が、大層ありがたかった。半袖姿では、露出した腕があちこち引っかかって、痛かったのだ。


 何度か曲がっただろうか。

どこをどう歩いてきたのか、侑子には全く分からなかった。


ランタンの光が明るいとはいっても、夜の闇の中、何度も転んだ。体力はある方だと自負していた侑子でも、すぐに息が上がってくる。


 少し開けた場所に出た。


そこには腰掛けるのにちょうどいい、倒木や切り株が点在している。予め設えておかれたような、人の手が入った気配がある。


(ここで寝る)


「分かった」


 侑子は促されるまま、大きな切り株に腰を下ろした。気にしないようにしていたが、座るとどっと疲れが襲ってきた。


(ユウコのことを、教えて欲しい)


 水が注がれたシェラカップを手渡しながら、ヤチヨはタブレットを見せてくる。


「ありがとう。喉カラカラだから嬉しい」


 ユウコは素直に受け取ると、ヤチヨに向き合って座り直した。


「私のこと。何から話したら良い?」


 ヤチヨは、ほっとした表情を浮かべて、嬉々として文字を書き始める。やはり、気持ちが表情に現れやすいようだ。


(ヒノクニに来るのは、二度目と言った。一度、この国を離れたということ?)


「そうだよ。初めてヒノクニに来たのは、七年前。十三歳の時だった。一年間王都で暮らして、十四歳の時に、何故か元の世界に戻ったの」


 そこまで話したところで、ヤチヨの顔は、驚きでいっぱいになる。ペンを走らせるのも忘れたようで、大きな目を更にまん丸にしていた。


「ア、ア」

 

 何かを口走ろうとして、上手く音にできないことが、酷くもどかしそうだ。苦しそうに唸ると、再びペンを握った。


(戻った? 元の世界に? 十三歳より前に住んでいた世界に?)


「そう。突然だったから、びっくりしたよ。そのまま六年間、元の世界で普通に暮してたの……あ。ちょっとだけ、普通でもなかったか」


 侑子はユウキとの文通についても、説明をする必要を感じた。直感だが、この少女には、全て事情を語っても良い気がした。信用できる気がしたのだ。


「私のこと、何でも話すよ。その代わり私の話が終わったら、ヤチヨちゃんのことも教えて欲しい」


 ヤチヨは笑顔で、コクコクと頷いている。やはり警戒する対象ではないようだ。

侑子は自分の直感を、信じることに決めた。 

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