第48話 世界ⅱ正当性
王と限られた禰宜と巫女しか出入りが許されないその場所には、ヒノクニの二つの神器が安置されている。
一つは鏡。
もう一つは器。
鏡は真円で、一点の曇りも見当たらない。そこに映るのは、左右反転したこちら側のあらゆる像で、一見したら一般的な鏡と変わらない。
しかし王がその姿を鏡に映した時。
王は鏡の中に見るのだ。
この国のあらゆる事象。
現実。
正にこの瞬間、
マヒトはかつて、並行世界と繋がる扉が開かれた時、前王である父のように、扉の気配を察知することはできなかった。
それどころか鏡を覗き込んでも、ただそこに映る自分の顔しか確認できなかった。
それは当時、まだ彼が王ではなかったから。
前王の血を受け継いだ、紛れもない皇太子であったが、鏡はそんなことを考慮しない。
しかし今は。
――なんて恐ろしい
鏡に映るのは、あの時と同様自分の顔。
青ざめた顔色は最悪だった。目の下にはくっきりとクマが出ていて、束ねた髪がほつれている。
しかしマヒトはそんな自分の顔と重なるように、全く別の映像を感じていた。
それは他者の魔力を見る時と同じで、視覚で認知するのとは別物の、『見る』行為。
――なんてことだ
自分が見ている光景を、誰かに否定してほしい。
それは幻覚で、疲れた自分が見ている、悪夢なのだと。
――また天膜が失われている……
ヒノクニを覆い尽くし、国土国民を守護している天膜。
見えないその物質を、マヒトは皇太子となった頃より、繰り返し教わってきた。
目に見えない、触れることすらできないそれを、実在するものとして認識しろと言われることは、滑稽にすら思えた時期もあった。
父や禰宜たちが繰り返してきた言葉が、真実だったのだと思い知ったのは、つい先日のこと。
自らが王となった時からだった。
――減っている……
マヒトは鏡の隣に目を向けた。
神器の一つ、『器』だった。
透明な硝子で形作られたそれは、独特なフォルムをしている。
複雑な装飾と模様を施されたこの形は、並行世界においては『火焔型土器』と呼ばれる、古代の産物であるらしい。
器は『副産物』を貯蔵するためのものだ。
並行世界からヒノクニへと、導かれてきた来訪者たち。
彼らの感情から抽出される、『副産物』。
それは天膜の原料となる。
王が器に触れることで、副産物は天へと立ち上り、膜となって国民国土を覆うのだ。
今マヒトの前にある器の中には、まるで溶け残った砂糖のように、底の一角に溜まった物が見えるだけだった。
――尽きてしまう
国内には、来訪者が一人いるはずだ。
数年前までもう一人いた来訪者の少女は、どういうわけか元の世界へと帰ってしまったのだが……
――一人の力だけでは、間に合わないのか
各地で天膜が欠ける現象が続いていた。
その場所を修繕するための副産物は、もうすぐ底をついてしまうだろう。
――どうすればいい。どうすれば
マヒトの考えが及ばないことばかりだ。
なぜ来訪者の一人は帰ってしまったのか。
なぜ既存の天膜が欠けてしまったのか。
――私が正当な手順を踏まないまま、王になったからなのか?
三つの神器が揃い、それらの所有が王であることを示した上で、即位が認めらるのが通例だった。
しかし、神器の一つ『鍵』は失われたまま――その守役と共に。
前王が崩御した後、王が空位のままではいられなかった。既に災害は起こっていて、天膜の欠けが発見されていたのだから。
――私には正当性が欠けているから、うまくいかないのだろうか。私が正当な王ではないから、解決の糸口さえ見いだせないのか……
再び視線を動かした先の鏡の中――そこに今度は、母親の胎内から産まれ落ちたばかりの、新生児の姿が見えた。
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