合宿③

「その曲、何?」


 昼休憩。

昼食を済ませた後、侑子と裕貴は先程まで使っていた練習部屋へ戻っていた。

 二人分の歌声だけが流れていたその部屋に、別の人間の声がした。


 唐突に入室してきたのは、大柄な三年生だ。


「三木先輩」


「おつかれさまです」


 三木仁志は軽音楽部の部長だった。


筋肉質で汗をにじませたジャージ姿は一見、運動部エースのようだ。しかし、いかつい外見に反して歌声は高めの美声で、ピアノ歴が長い彼は、華麗に弾き語りもこなす。


 人柄も良いので、部員たちからの尊敬と憧れを集める人物だった。


「個性的な曲だな」


 侑子たちの歌を、ドアの向こう側で聞いていたようだった。

防音室ではないので、丸聞こえだっただろう。


「誰の曲? 聞いたことないや」


「私の知り合いが作った曲なんです」


「へえ。ああ、この人」


 侑子がスマホ画面に出した譜面には、ユウキの名が記されていた。仁志もその名前に覚えがあった。


「確か最終日に演奏する曲の中にも、この人の曲があったんじゃない?」


「よく覚えてますね」


「そりゃ部長だから」


 感心する裕貴に、仁志はわざとらしく胸を張って見せたが、すぐに可笑しそうに笑い声を上げた。


「っていうのは冗談ね。皆やっぱり、有名な曲とか、最近人気があるバンドの曲をやりたがるだろ。見たことない名前だったから、印象強かったんだ。そっか、五十嵐さんの知り合いだったんだ」


 部長の立場上、顧問と共に合宿最終日に部員たちがどんな曲を披露するのか、予め確認していたのだろう。


「さっきの曲をやるの? もしかしてツインボーカル?」


 仁志のこの問に、首を振ったのは裕貴だった。


「別の曲です。さっきのは、個人練習的な……もっと歌が上手くなりたくて」


「そうなの? 野本くんは十分上手だと思うけどね。それに残念だな。ちょっと聴いただけでも、とても良い曲だった。折角だったら皆の前で、聞かせてくれればいいのに」


 そこまで言い終えた仁志は、「ああそうだ」と後輩二人を交互に見て笑った。


「こんなのはどう? 俺がピアノ伴奏するから、さっきみたいに二人で今の曲歌ってよ。演奏会のシークレットプログラムにしよう」


「えっ?」


 この部長はアイディアマンなんだよ、と入部したばかりの頃に誰かから説明された言葉が、思い起こされる。

 

「いいんですか、そんな勝手して」


「いいんだよ。部長権限。まぁ、一応? 先生には確認取るけど。五十嵐さん、この曲のパート別の譜面ってあるの? 持ってきてる?」


 造作もないことのように言い切った仁志のペースに、侑子はすっかり乗せられそうになっていた。愛用している楽譜作成アプリの中から、ユウキの曲を記録したフォルダを開いている。


「え? ちょっと待ってゆうちゃん。やる気?」


 慌てた裕貴の様子に、仁志はいたずらそうな顔を向けた。


「部長がやると言ったらやるんだよ。ほら、歌って。他の奴らには、極力知られないように練習しないと。時間は限られてるぞ」

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