合宿②

「あっという間だったぁ」

 

 スタジオを後にした四人は、次の練習場所に向けて移動中だった。「もっと弾きたかったなぁ」とこぼす結衣に、侑子が振り分け表を確認しながら笑う。 


「五十分だけだもんね。次は部屋練だね。その後お昼だ」


「部屋練か。クーラー効いてるのかな。あちい」


 聖は汗だくである。部活Tシャツの色が、一人だけ変色していた。


「一回着替えてこいよ。まだ時間あるだろ」


 裕貴の言葉に頷いた聖が、宿泊部屋の方へ踵を返していった。それを見た結衣も「私も飲み物の追加持ってくる」と給湯室へ続く廊下に消えていく。


 横並びで歩きながら、裕貴がため息をついた。


「ほんと難しいな。勇輝さんの曲」


「え? 全然間違えてなかったよね」

 

 予想外の言葉に侑子は目を丸めた。先程の練習で、裕貴のギターは完璧だった。

夏休みに入ってからの、彼の練習量を考えれば当然だろう。


「ギターの方じゃないよ。歌の方」


 次の練習場所へと向かう他の部員たちとすれ違った。

入れ替え時間は短い。皆早足で軽い挨拶を交わしていく。


「本当にあの高低差を一人で歌ってるの? 音源はやっぱり……無理?」


「ないの。ごめんね。あれば私も聴きたいんだけど」


 何度か同じ問答を繰り返している。

侑子が困った顔をすると、裕貴はすぐに諦めるのだが。


 どうして曲を書いた本人のユウキが歌った音源が手に入らないのか、その疑問を裕貴は追求しようとしなかった。


「そっか……。まぁいいや。昼飯のあと、ちょっと合わせてよ。一緒に歌おう」


「いいよ」


 演奏会で披露する曲とは別に、侑子と裕貴は二人で練習を重ねている曲があった。

 それもユウキが書いた曲で、侑子が並行世界に滞在していた間、二人でよく歌った曲だった。


 カラオケ店で裕貴から『一緒に歌ってよ』と告げられた後、数ある曲の中から侑子が選んだのだった。


 ユウキの歌は基本的に高低差が激しい。二人で分けて歌うにしても、声と声の切り替えるタイミング、重ねるタイミングを合わせるのが難しいのだ。


大変だ。と気づいたのは、侑子が中学時代の顧問の佐藤とツインボーカルで歌った時だった。


それまでユウキと二人で歌っていた時には意識すらしなかったのに、別の人に変わっただけでその難易度に気付かされた。


――ユウキちゃんが合わせるの上手だっただけかな。それとも、ユウキちゃんも無意識だったのかな


 後者だったらいいのに、と侑子は胸の内で呟いた。

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