好きな声③

 誰もマイクを取ることもなく、歌うこともなくなった個室には、ラジオが細い音量で流れていた。


 侑子と裕貴は並んで座りながら、短い言葉で問答を繰り返している。


「どこに住んでる人なの?」


「すごく遠くなのは確か」


「歳は?」


「私より五つ上だから、今二十二歳」


「どこで知り合った?」


「困ってたところを、助けてくれたの」


「職業は? 大学生?」


「ライブハウスで働いてる」


「どこで会ってるの?」


「会ってない」


 そこまでで一度会話は途切れて、沈黙が訪れた。しかし侑子は質問攻めにされたにも関わらず、不愉快そうな素振りもみせない。


 むしろどこか嬉しそうな顔をして笑った。


「会ってない?」


 どういうことだろう。裕貴が不可解だと表情で訴えたのを見て、侑子は少しだけ説明した。


「会えなくなった。多分これからももう、会えないんだと思う」


「それはどういう……」

 

 より詳しく説明を求めようとしたが、裕貴は途中で言葉を飲み込んだ。ここで侑子が、初めて顔を歪ませたからだ。


「でも文通してるの。だから作った曲を譜面で教えてくれる」


 口ずさんだ歌は、裕貴もよく知っているものだった。同好会で、部活で、これまで何度も演奏した曲だ。


 その一曲だけでなく、ユウキが作った曲は度々練習した。彼が書いた曲はどれも魅力的で引き寄せられるのだ。

 譜面の片隅に書き込まれた『手塚勇輝』という名は、裕貴にとってすっかり馴染みのものだった。


「すごいよな。どれもいい曲だ」


「うん」


「一緒に歌ったことはあった?」


 再び疑問形になった裕貴の言葉に、侑子は頷いた。


「よく一緒に歌ったよ」


「俺も歌いたい。もっと歌えるようになるから」


 裕貴が体ごとこちらに向いたので、侑子も向かい合った。


 真剣な瞳を受け止めるように、侑子はじっと続きの言葉を待つ。


 ラジオから最新の流行歌が流れてきた。軽やかで頭に残りやすい旋律だった。


「俺とも一緒に歌ってよ。どんな風に勇輝さんと歌ったのか、教えて」


 懇願するような響きだった。

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