第38話 世界ⅰ鱗の口づけ

 自分の想いを綴った手紙を送ったのは、つい数日前のことだった。


 ユウキは巡業に出かけたものと思っていたが、まだ央里に残っていたのだろうか。


予想外に早い返信に、封を切る手が震えた。



 手紙を読んだ侑子は、便箋を広げたまま仰向けにベッドに倒れ込む。


 倒れたまま、もう一度便箋に目を走らせた。




 紙の上に、愛を伝える言葉が溢れていた。




 詩でもなく歌詞でもなく、和歌でもない。


遠い昔に生きた人が残した歌でもなく、確かなユウキの言葉と筆跡が、侑子に愛を伝えていた。


「夢みたいだ」


 便箋の中のユウキの言葉を読み上げたのか、心の中の自分の言葉が口から転がり落ちたのか。


 曖昧になればなるほど、遠く隔てた時空の向こうの愛しい人と、一体になっていく感覚に陥る。


「良かった」


 ユウキへの気持ちに、素直になってよかった。


 恋に落ちていたことを、認めてよかった。


こんなに素晴らしい感情は、今まで知らなかった。


追体験した正彦とちえみの感情の中に、近いものがあったかもしれない。しかしその感情は、あくまで正彦とちえみだけのものであって、今正に侑子の身体に走るのは、彼女だけの感情なのだ。



 侑子の歓喜に呼応するように、封筒の中から無数の硝子の鱗が零れ落ちた。


それは横たわる侑子の身体の上を、彩るように散らばった。


 一体何枚の鱗を詰め込んだのだろう。

便箋一枚の重さではなかった封筒は、確かにずっしりしていたが。


 侑子の両腕、首筋、頬、唇。


ベッドの上に投げ出された身体全てを、小さな青が点々と色をつけるように広がった。


 まるでユウキの意思が乗り移ったかのように。


優しい口づけを落とす様に。


舞い落ちた鱗が、侑子に触れていく。


 カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされて、青い無数の鱗が反射させた光りの粒が、壁や天井の上で踊っていた。


 その美しく幻想的な光の中、侑子はユウキの気配を確かに感じていたのだった。


 短い手紙の最後に記された言葉が、やはり侑子の口を伝って彼女の声で繰り返される。


「愛してる」


 顔を横に向け、シーツに散った鱗の一つにそっと口づけた。

 

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