グループデート②

「彼氏欲しかったの?」


 一足早くアトラクション出口から出てきた侑子と裕貴は、他の四人を待つために、出口付近のベンチに腰を下ろした。


「そんな気持ちになりかかってたけど」

 

 裕貴の質問に侑子は唸り始める。


「やっぱり違うかも。ダメだったよね。愛ちゃんにも鈴木先輩にも、島谷くんにも不誠実だった」


 肩を落とした侑子を見て、裕貴は安堵したような、期待を外したような、複雑な気分に陥る。


「野本くん、ありがとう。今日野本くんと綾先輩が来てくれて良かったよ」


 自分に笑いかけるその表情に、簡単に絆される。裕貴はそんな自分に呆れた。


「まぁ、良かったよな。綾先輩とあの人なんだか良い感じだし。朝の綾先輩じゃないけど、結果オーライなんじゃない?」


 出口から出てきた四人の姿が見えた。


 愛佳と竜介、綾と隼人で綺麗に二人ずつ連れ立って並んでいた。




***




 土曜日の遊園地は人でごった返している。


 次の目的のアトラクションへ向かう道の途中、落とした園内マップを拾うためにしゃがみ込んだ侑子は、再び立ち上がると見事に友人達の姿を見失っていた。


ほんの数秒間のことなのに。

目の前にあったはずの裕貴の背中はどこに行ったのか、全くわからなくなっていた。


 バッグを探ってスマートフォンを取り出そうとした侑子の指が、薄い物に触れた。


 硝子の鱗だった。


 人の流れから逃れるように脇道に逸れ、侑子はそれを取り出した。


 透証を貫いた銀のブレスレット。紐先に揺れる硝子の鱗をつまんで紐を引っ張ると、侑子の左腕にその魔導具が久々に輝いた。


――きれい


 腕を上げると、青い鱗が日の光を反射してキラキラと瞬いた。


――遊園地でこの鱗と一緒にいるなんて。あの夢の中みたい


 時間も場所も、雰囲気も全く違う。

今は昼間だし、人でごった返したテーマパークの喧騒は、夢の中とは真逆だった。


 けれど侑子は、胸が踊りだすのを感じていた。


 いくら願っても再び見ることができなかった夢の中に、あの半魚人と一緒にいるような感覚に陥ったのだった。


「もう少しだけ」


 目を閉じて左手首を胸に押し付ける。

指先でなぞる鱗の触感から、思い描こうとする人はただ一人だけだった。




***




「楽しかったね」


 帰り道。

侑子は愛佳と並んで歩いていた。

遊び疲れたはずだが、足取りは二人共軽かった。楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。


「ごめんね。愛ちゃん、私のために計画してくれたことだったんでしょ?」


「ああ。うん……。バレてた?」


 苦笑いを浮かべる愛佳だったが、侑子は首を振った。


「グループデートだなんて唐突だったし、鈴木先輩はそんなこと言い出さないだろうなって。愛ちゃんだって、本当は二人だけでデートする方が好きでしょう?」


「ごめん。大きなお世話だって、本当は分かってたんだけど」


 立ち止まった二人は、自然と向かい合った。愛佳の視線が、侑子の左腕のブレスレットに注がれる。


「ゆうちゃん、たまに辛そうだったから。ユウキちゃんのこと……本当は大好きなんでしょ? その、恋愛って意味で」


 夕日を浴びてキラキラと光るそのブレスレットが、どういう経緯で侑子の物となったのか。愛佳は知っていた。

 魔法の道具であるようには見えないが、侑子にとってはそれ以上の意味がある品物であることは分かる。


「報われなさすぎて、そんな恋じゃあまりにも辛いって……並行世界じゃなくてこっちの世界で、ちゃんとゆうちゃんが好きになれる男の子がいたらいいのかなって思ったの。ごめんなさい。本当に余計なことしたって、反省してる」


 俯く愛佳の長い髪は、夏の風を纏ってふわふわと揺れた。

 侑子はそんな従姉妹の髪にふれると、優しく一撫でする。猫っ毛の感触は柔らかく、並行世界に迷い込む前、三つ編みの編み方を教えてあげた日のことを思い出した。


「ありがとう。愛ちゃんがいつも私のこと考えてくれてるの、よく知ってるよ。だから余計なお世話だなんて思わない」


 愛佳の手を引いて、そのまま繋いだ手を解かずに侑子は半歩先を歩いた。


 誰かと手を繋いで歩くのは、久しぶりのことだった。


 最後に手を繋いで歩いたのは、ユウキとの散歩の時だったのではないだろうか。


「それにね、今日遊園地に行って良かったよ」


 言葉とともに口から滑り出す呼気は軽い。


「分かったから。ちゃんと自覚するべきだって。ユウキちゃんが私の本当に好きな人なんだってこと」


「ゆうちゃん」


「もちろん、恋愛の好きってことだよ」


 再び立ち止まったのは、愛佳の足が止まったからだった。侑子は振り返る。

 その清々しい表情を見て、愛佳は反論しようとした言葉を飲み込んだ。


 投げやりではなく、前向きな感情から生まれる笑みなのだとわかったのだ。


「これから先、会えないんだとしても構わない。会えないからって消せる気持ちじゃないから、開き直ることにする」


 笑った侑子の顔は、憐憫を誘うものでも、哀愁を感じさせるものでもない。


目を瞠るほどの晴れやかな笑顔だった。


 愛佳は四年前、失踪していた侑子が帰ってきた頃に感じた感情を思い出した。


――ゆうちゃんは変わった。すごくいい。今のゆうちゃんは、すごくいい


 先のない恋に向かう従姉妹を、本来なら説得すべきなのかも知れなかった。


だけどそれが出来ないのは、そんな彼女の姿に、たまらなく惹かれるからなのだろう。


「良いと思う」


 侑子が眩しかった。

愛佳は笑った。そして頷く。


「それで良いと思うよ」

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