第35話 世界ⅰグループデート
「何これ。ただの同窓会じゃない」
集合場所に集まった面々を見て、笑い出したのは綾だった。
「裕貴が先輩に声かけてたなんて、私今知ったんですから……」
と言うのは愛佳。その隣で笑うのは竜介だ。
「だって男女数合わせろって言うから。そんな条件出されてなかったら、高橋先輩を誘おうと思ってたんだ」
「やだ! 誰が好き好んで兄とグループデートなんてすると思うの」
言い訳気味の口調の裕貴に、愛佳はピシャリと言い放つ。
「まぁまぁ。それなら良かったじゃない。結果オーライでしょ? ね、五十嵐さん」
中学時代の先輩に肩を叩かれた侑子は、笑いながら頷く。
「はい。久しぶりに綾先輩と会えて嬉しいですよ。だけど、良かったの? 愛ちゃん。突然人増えて」
愛佳に向けての言葉だったが、侑子の視線は一人の男子に向けられていた。
彼だけ唯一、中学時代の軽音同好会の面々とは関わりのない人物だった。
「俺は構わないよ」
侑子の意図を理解したのだろう。其の人物は笑顔で首を振った。
「初めまして。島谷隼人です。よろしくね」
隼人は爽やかな印象を与える人だった。
彼は愛佳と竜介と同じ高校に通う二年生で、竜介の友人なのだという。
この日侑子は愛佳に誘われて、隼人と竜介の四人でテーマパークに遊びに行くことになっていたのだ。
侑子が「彼氏が欲しい」発言をしたあの後、愛佳は待ってましたとばかりに今日の提案をした。
『先輩の友達を入れてグループデートしようよ。鈴木先輩がゆうちゃん連れてきたらどうかって』
『でも先輩の友達って、私が会ったことない人でしょ?』
『大丈夫大丈夫。きっといい人だよ。ゆうちゃん、彼氏が欲しくなったんでしょ? とりあえず会ってみようよ。付き合うか付き合わないか考えるのは、その後でいいじゃない』
その時は納得して、承諾したのだった。
しかしその後に届いたユウキからの手紙を読んで、再び侑子の気持ちは揺れ始めた。
***
数日前。
『小林先生。この歌の意味、教えてもらっていいですか』
古文の授業の後、教室を後にしようとする担任を侑子は捕まえた。
ルーズリーフに書き写したのは、ユウキの手紙にあった七五調の歌だった。
『いいわよ。どれどれ……』
手渡されたルーズリーフの上に目を走らせながら、小林はつぶやくようにその歌を声に出して二度三度読んだ。
『柿本人麻呂の歌ね。恋の歌だわ』
『恋』
『文法とか細かい説明なしで超訳すると、こんな意味になるかな』
ルーズリーフの空白に、小林はペンを走らせた。現代語訳を書いてくれているようだ。
『愛しいあの娘のことを考えて眠れなかった朝に吹く風よ 彼女に触れてきたのなら、どうか私にも触れてくれないか』
読み上げた侑子が赤面したからだろうか、小林は笑った。
『“むた”っていうのは、“共に”とか“一緒に”って意味ね。英語で言うと“together”。“妹”っていうのは文字通りの妹を指すんじゃなくて、この時代の男の人が、恋人や好きな女性のことを呼びかける時に使う言葉なの。一緒にいられないけど、せめて同じ風に吹かれて愛しい人を感じたいっていう思いが込められているね』
『恋人に贈った歌なんですか?』
『愛しい人のことを歌ったのは確かだけど。贈ったかどうかまでは。記録として残っていれば分かるけどね。万葉集の歌でしょう? そこまではっきり分からないかも知れないな』
ルーズリーフを受け取って、席に戻ってそこに並ぶ文字を見つめる。
妹に恋ひ
寝ねぬ朝に
吹く風は
妹に触れなば
わがむたは触れ
――どういうつもりで、この歌を送ってきたの?
期待して騒ぎ立つ胸が、ひどくうるさかった。
***
『合コン?!』
『違うよ、グループデート』
『ゆうちゃん、いつの間に彼氏できたの?』
『できてないよ。愛ちゃんと鈴木先輩から誘われたの』
部活に向かう廊下を歩きながら、侑子は裕貴に週末の予定について話していた。
『俺も行く』
『え?』
『楽しそうじゃん。俺も行くよ』
なぜか毅然とした表情で、裕貴はスマートフォンを操作し始めた。
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