第33話 〚過去の話〛世界ⅱ来訪者たち
並行世界からやってきた人間。
彼らのことを、ヒノクニにおいては『来訪者』と呼ぶことがあった。
元々ヒノクニが存在している世界に住む者と、並行世界出身の者たちを区別するための呼称である。
研究施設には全国各地から招集された来訪者達が数多く勤務していた。
シグラはこの施設で初めて来訪者を見たのだが、その感想は「私たちと違いのない人間」であった。
拍子抜けしたほど、平凡な人間たちだった。
確かに彼らの魔力は透明で、その点だけは珍しいと言えた。
しかし容姿にどこか特徴があるわけでもなく(髪色はなぜか黒髪ばかりだったが)、魔力を隠してしまうと他の国民との違いは見当たらなくなってしまう。
特にシグラの期待を裏切ったのは、来訪者たちが天膜を見ることができなかったということだった。
「カルミオの父君によると、天膜とは無属性の魔力によって構成されるものらしいですよ」
ブンノウは冊子を片手にしていた。それはカルミオの父が残した日記だった。
「来訪者たちが作ったものなの? でも彼らは誰一人として膜は見えないようだった」
「彼らが意図して作るものではないのでしょう」
ブンノウの口調は穏やかだった。
研究所では日々来訪者達が、無属性の魔石を量産している。
一つ作るだけで大量の魔力が消費される作業だったが、彼らの魔力が尽きることはなかった。
研究施設が稼働する前に、ブンノウが開発した薬剤。それが彼らの魔力を回復させているのだ。
そんな素晴らしい薬剤をあっさり開発してしまうなんて、シグラには信じられなかった。彼女がブンノウに盲信的になった出来事の一つだった。
「だけどどうするの? あなたが最終的に作ろうとしているものには、天膜が必要なのでしょう? 作ってもらえないのなら、どうやって組み込むの?」
天膜はこの国の様々なものを一つ一つ包み込んでいるが、例外ももちろんあった。人々が個人的に作った物質や、路肩の小石等、そういった細々したもの、そして武器や凶器は包まれないことが分かっていた。
ブンノウが最終的に作ろうとしているもの――それは兵器だった。
専門知識のないシグラには詳細は分からなかったが、未だかつてこの地球上で使用されたことのない、素晴らしい威力を持った兵器なのだという。
「新たに作る必要はない。既に出来上がっているものを活用するだけで済みます。膜とは、至るところにあるのでしょう?」
「ええ」
「それを剥がして、転用すればいいだけの話です」
「剥がす?」
シグラは目を丸くする。ブンノウはいつだって、彼女の予想していない言葉を発する。
「天膜に触れることが可能であれば、剥がすことも可能になるはず」
言いながらブンノウは、小さなティースプーンを手に取った。それは魔道具のようで、無色透明の魔力を帯びているのが分かった。
「あ……」
シグラは目の当たりにした光景に、そう声を出すのがやっとだった。
信じられない。
ティースプーンの先が、ブンノウの腕を覆う膜に、触れていた。
触れられた膜はティースプーンの先に押されて、その輪郭を歪ませて鈍い光を放っている。
天膜が物質に直に触ることはないのだ。
膜が発する鈍い光は、黒ずんでいて、そのような色を目にするのも初めてだった。
明らかにイレギュラーな事態が膜に起きているのだ。
「現段階ではここまでです。もう少しテコ入れすれば、剥がすこともできるようになるはずですよ」
ふっと笑ったその顔に、シグラの心拍数はみるみる上がる。
「素敵だわ。私に出来ることは何?」
段々口癖のようになってきた言葉だったが、シグラにその認識はなかった。
此方に伸ばされた白い手の上に自らの手を乗せ、研究室へと誘われて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます