第31話 世界ⅱ的中

「ユーコちゃん、随分変わったな」


 手紙に同封された写真には、袴姿の侑子が写っていた。中学校の卒業式で、軽音楽部の仲間たちと撮った一枚だった。


 アオイは大学の休暇を使っての帰省中だ。ユウキも巡業の合間に央里に帰っていたので、この日は久々に幼馴染たちが集うことができたのだった。


「なんだか突然大人になったみたいだ」


 次にアオイが眺めているのは、高校の入学式の写真だった。


「十七歳だもんね。ユーコちゃんと初めて会った頃の私達と、同じくらいってことね」


 薄紫色の酒で満たされたグラスが、ミツキの手で揺らされる。ほのかに甘い香りが漂った。


「そんなに前に感じないんだよな。でもつい昨日、ツムグと酒飲んだばかりだ。あいつももう成人して一年経つのか」


「ツムグくんってザルだよねぇ。全然酔わないの。意外」


 ハルカとスズカは紡久の話題で笑い声を上げている。


 ミツキが「お手洗い」と行って席を外したので、大きめのテーブル席の中央が空く形となり、自然とアオイとユウキが二人で話す流れになった。


「ユウキさぁ、覚えてる? 俺の予言のこと」


「ああ」


「お。意外だったな。そこで素直に肯定するとは思わなかった」


 ユウキはグラスについた水滴を指で潰しながら、茶化すような視線を受け流す。しかし返事までないがしろにする気はなかった。


「ちゃんと覚えてるよ。今日お前がユーコちゃんの写真を見たら、きっと蒸し返すだろうなってことも予想できてた」


「そうなの?」


 声をひっくり返して驚くもじゃもじゃ頭に、ユウキは笑った。


「どんどん綺麗になっていくから」


 アオイの手から写真を抜き取ると、そこに写る笑顔を見つめる。


 袴姿の結い上げた髪も、高校の制服姿の下ろした長髪も、ユウキのよく知っている黒い色をしていた。


 けれどその顔つきは、少女らしさから離れた、大人の女性特有の涼やかさを帯びたもので、ユウキにはやけに余所余所しく感じられるのだった。


「お前の言う通りだ。撤回するよ」


「え……」


 アオイは目を瞠ったが、ユウキは気にしなかった。


「ユーコちゃんが好きだよ。女性として」


 ハルカとスズカが無言で此方に顔を向けている。戻ってきたミツキも、何かを察しているかのように、黙って椅子に腰を下ろした。


「会えない。声も聞けない。一緒に歌うことも出来ない。出来るのは写真越しに姿を見て、手紙でどうしているのか知るだけだ」


 他の客たちの話し声と、店内のBGMによって、その店は中々騒がしかった。しかしユウキの声は聞き取りやすい。元の声質に加えて、揺るがない意思を持った言葉だったからかもしれない。


 幼馴染たちに、彼の声は確かに届いた。


「それでも、なかったことにできない。気持ちを消すことはできない。どうしようもなく好きだ」


 両手で握り込むように包み込んだグラス。その中にあったはずの氷は、既に個体として形を留めていなかった。


「会いたい。触れたい。どうして側にいられないんだろう」


 溶けた氷が液体となるように、一度外に出た想いは、止まることなく言葉となった。


 たった今まで、いつものように笑みを浮かべていたはずだった。


 俯いたユウキの顔は、長い黒髪に隠れてすっかり表情を隠してしまった。


 語尾が震えている。

きっと笑顔など、そこにはないのだろう。


「ユウキ」


 幼馴染たちは知っていた。

今俯いて震えている背の高い男が、どのような顔でいるのか。


そのようなことに敏い特別な“才”のあるミツキでなくとも、手に取るようにユウキの心境が分かるのだった。


「これ、酒じゃないよな?」


 アオイはユウキの手の中のグラスを覗き込んだ。わざとおどけた声を出す。


「水だよ。今日は一滴も酒なんて飲んでない」


 顔を上げたユウキは、やはり笑ってはいなかった。


「実はあまり、お酒得意じゃないもんね?」


 笑ったミツキは、ユウキの背中を優しく撫でた。


「すぐに酔いが回る。正直味もどこが美味いのか分からない」


 薄く笑ったユウキの言葉に、スズカがふふ、と笑い、ハルカがからかうように言った。


「水筒にジュース入れて持ち歩くような甘党だもんな」


「ほんと。意外だった。ユウキはお酒強そうって思ってたもん。でもね」


 ひとしきり笑ったスズカが、優しい表情で言葉を続けた。


「ユーコちゃんのこと、そういう風に好きだったって気持ちは、全然意外じゃなかったよ」


「だよなあ。俺、四年前も絶対見当違いなこと言ってなかったって、自信あったもん」


「四年前の気持ちは今更分からない。あの時はユーコちゃんが側にいたから、それだけで満たされていたんだ」


 ユウキは写真の中の侑子を、視線でなぞるように見つめた。


「どうしたらいいんだろうな。気持ちの落とし所が分からない」


 呟いたその問に、的確な助言が思い浮かぶ者はいなかった。

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