第11話 〚過去の話〛世界ⅱ透明な膜

 それは至る所にあった。


 空を見上げれば目に入ったし、海面にも、数多の木々にも。

地表を見ればそこにもあった。


 公園の中を走り回る子供たちにも、雑踏の中を通り過ぎていく人々にも。


 一人のこらずに包まれて生きているのだ。


 けれどそれに気づいている人は、自分を除いて一人もいないようだった。


 何しろそれは透明だし、見える自分だって注視しないと分からない。


透明なのだから。

 


 そんな中、決定的な瞬間をある日目撃してしまったのだ。それが人間を護る瞬間を。




 世界でも稀なほど長期間に渡って平和な時代が続いている、ヒノクニ。


 そんな我が国は、時折外の国から狙われる。


領土領海を狙ったものから、稀有な魔力を持った国民を狙ったものまで。

動機や理由は様々である。


 滅多にないことではあるが、たまに他国のスパイや工作員が入り込むのだ。

 どういう仕組で弾いているのか謎ではあったが、そういった人物が入国できる事自体が稀ではある。


 しかしそんな稀な事態が引き起こした稀な事件に、たまたま居合わせたのだった。



 耳に入ってきたのは、子供の悲鳴。


泣き声から察するに、幼児だろう。


 何事かとそちらを振り返ってみると、母親らしき女性が取り乱す姿と、母親を呼びながら両手で助けを求める小さな子供。


その子を小脇に抱えたまま車に乗り込もうとしている人物の姿が見えた。


 あっと叫んでその場所へ走って、咄嗟に攻撃的な魔法を繰り出そうとした時だった。


 ドアが閉まろうとしていたはずの車内から、子供が転がり落ちてくる。


すかさず母親が抱きかかえ、車から距離を取った。

 

 別の通行人が慌てた様子で駆けつけてきて、車と母子の間に立って何やら魔法を仕掛けていた。


あっという間にできた堅牢な牢のような壁に車を閉じ込めた後、ぽかんとした間抜面の男二人が降車してきたのだった。


 見たのだ。


 その時、車から転がり落ちてきた子供を包んでいたが、淡く光輝いているのを。


 誰も気づかなかったのだろうか。


 後で知ったことだったが、あの子供は“才”持ちで、それ故海外へと拉致される直前だったのだという。


 しかしその子が持っていた“才”は、決して自分の身体を透明な膜で包み込み、危険を察知して誰かを攻撃するような類の物ではなかったのだ。


 そう、子供を守ったのは、いつも目にしている、身の回りの物ありとあらゆるもの一つ一つを包み込んでいるそれだったのだ。


 確信した。


「私達は、光り輝く透明な膜によって守られているのです。ヒノクニの国土、国民、ありとあらゆるこの国に属するものが、守られる対象なのです」


 シグラはその日以来、誰彼構わずそう触れ回るようになった。


 しかし、彼女にしか見えないその膜の存在を他者が認めるはずもなく、誰一人信じてくれる者は現れなかった。


 あの日、白衣を纏ったあの人物に出会うまでは。

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