記憶の粒子④

「おかしいと思うんです」


 ラウトとリエに自宅前で今日の礼を言って別れた後、車に残った四人はしばらく沈黙したままだった。


その静寂を破ったのは侑子だった。


「ちえみさんの記憶を見た限り、やっぱりあの栄養剤が彼女の死因だったんじゃないかって感じたんです。ラウトさんの予想は外れてはいないと思う」


 すっかり雰囲気が重たくなってしまった中、侑子はひたすらちえみと正彦の二人の記憶を振り返っていた。


それは紡久も同様だったようだ。


「俺もそう思う。……あの栄養剤、相当怪しいよ。色だって気味悪かった」


 まるで蛍光色の塗料のようだった。


あれを飲んでいた人々は皆、知っていただろうか。瓶の色は外側からすっかりあの色を隠していたし、ストローも今思えば透明ではない色付きのものだった。


 それにちえみは、あの栄養剤をかなり嫌悪していた。

摂取した後の体調の悪さは、記憶を通じてかなり具体的に侑子と紡久に実感として伝わってきている。

まるで自分たちも体験したかのように。


「けど、同じものを飲んでいたはずの正彦さんは、全然警戒してなかった」


「そう、そうなの。正彦さんは栄養剤が原因じゃないと思う。あのカプセルで……」


 服毒自殺する直前の人の心理を、追体験したことになるのだろうか。


侑子はあんなにも絶望と後悔に満ちた感情を持ったことがなかった。


ただ激しい悲しみだけがそこにあって、他の物は目に入らない。


「……君たちの話を聞いて、納得できたことがある」


 ハンドルを切りながらエイマンが呟いた。


「マサヒコさんの死から襲撃事件までの十数年間、他の来訪者達は誰も亡くなっていない。栄養剤が生命に影響するような毒物だとしたら、十年を超える間に犠牲者が誰も出なかった方が不自然なんだ」


「『魔力が回復する代わりに、ちょっとだけ体力が削られる』……マサヒコさんが言っていたこの言葉通りの作用しか、本当になかったってことでしょうか」


 侑子の言葉を最後に、再びしばらくの間沈黙が訪れた。


次に言葉を発したのはジロウだったが、彼にしてはやけに自信なさげな口調だった。


「だったとしたら今度は、なぜチエミさんだけが栄養剤で身体を壊してしまったのかってところが、説明できなくなるんだよなぁ」


「たまたま彼女だけが栄養剤と相性の悪い体質だった、と考えるしかないでしょうね。今分かる範囲で推測できるのはこれくらいです」


 さあ、着きましたよと幾分明るくなったエイマンの声が、侑子の意識を引き戻した。


 停車した車から外に出る。


 ライブハウスのドアの向こうから、賑やかな歓声と聞き覚えのある音楽が僅かに漏れ聞こえてきたのだった。

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