正解②

 その日、央里は珍しく朝から激しく雪が降っていた。予報では明日の午前中までは、この調子で降るらしい。


「雪なんて久しぶりに見た」


 紡久は外を眺めながら呟いた。


 サンルームで洗濯物を干していた紡久と侑子の話題は、自然と天気の話になっていた。


 透明な天井には、雪が積もらない仕掛けが施してあるのだろう。小さな雪がふわりと着地すると同時に、それはすぐに液体となって流れ落ちていく。


「紡久くんがいたの、鹿児島なんだよね」


 彼の自宅は、鹿児島市からほど近い町にあったという。

ヒノクニの地図で彼が発見された場所を確認したところ、やはりその位置は、元の世界の彼の自宅のあった町と重なっていた。


「雪は降らないの?」


「いや、そんなことないらしいよ」


 紡久は外を眺めたまま返事した。

 庭先は、既にうっすら白くなっている。この分だと、きっと昼前にはある程度積もっているのではないだろうか。


「俺、年度始めに県外から引っ越してきたばかりだったんだ。だから冬の鹿児島がどんな風なのか知らなくて」


 干し終えた洗濯物に向かって、温風サーキュレーターの風を向ける。サーキュレーターの中には、黄色、緑色と赤い魔石が一つずつ入っていた。


「お引越ししたんだ。前は何処に住んでいたの?」


「埼玉」


「そうなの? 私東京だよ。近くにいたんだね」


 笑った侑子に、紡久もつられたように微笑んだが、すぐに笑顔は陰ってしまった。

その表情に侑子が僅かに顔を傾けると、説明するように紡久が口を開いた。


「うち、母親がずっといなくてさ。父と俺の二人暮らしだったんだ。中三に上がるタイミングで、父が鹿児島に転勤になって。それで引っ越しになった」


 生ぬるい温風が、二人の髪を揺らしていた。

外はとても寒そうだったが、サンルームの温度は湿度とともに少しずつ上昇している。


「本当は埼玉に残りたかったけど、親戚もいないし、一人暮らしも許されなくて。結局鹿児島について行くことになったんだ。受験もあるのに、全然乗り気じゃなかった」


「あ……そっかあ」


 本来なら今頃、高校受験が本格的に始まっている時期だろう。

既に二月も半ばだった。二人はこちらの世界で学校には通っておらず、屋敷で色々な人に家庭教師をしてもらう日々が続いていた。


「行きたい高校は決まってたの?」


「うん。なんとなくだけどね。それで鹿児島行きたくないって気持ちもあったけど、それ以上に嫌だなぁと思ってたのは……」


 大きくため息をついて、紡久は椅子に腰を下ろした。真下を向いてしまったので、表情が完全に見えなくなる。


「父の交際相手も一緒だったってこと。転勤になる少し前から付き合ってたけど、鹿児島に行ったら三人で暮らすことが決まってたんだ。俺、苦手だったんだ。あの人」


 そう言ったきり黙ってしまった。

 傍らで侑子がおろおろするのが分かったが、紡久はすぐに顔を上げることができなかった。脳裏にはこの世界に来る前の、暗い日々の記憶が蘇ってくる。

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