開かれたもの④

 エイマンが取った部屋は、ホテルの上層階だった。


 見晴らしの良さが売りのその部屋の窓から外を見下ろすと、街の中にそびえ立つ大きな鳥居を、すぐに見つけることができた。


 鎮守の森が広がるその一体だけ、丈高い木で覆われ緑が集中している。近代的な建物が立ち並ぶ賑やかな市街地の中で、そこだけが切り取られたように目立っていた。先程までリリーとエイマンがいた場所である。


 王都から、車で約二日がかりの道のりだった。休憩もろくに取らずにひたすら座りっぱなしの体勢だったので、全身が怠い。


 張り詰めていた緊張の糸が切れたように、リリーはベッドに仰向けに身体を投げ出していた。


―――お母さんじゃなかった


 安堵すると、罪悪感に胸を突かれる。


 どう扱えば良いものか分からない感情に、リリーは頭を抱えた。


 二日前の夜。ステージを終えた彼女の腕を引っ張って、人気のない楽屋に押し込んだエイマンの言葉が蘇る。


『おばさんとおじさんが暮らしていた場所が分かった』


 説明するエイマンすら、その内容を飲み込みきれていない様子だった。それを聞くリリーも同様だった。


 とにかくそれから、二人はこの場所に車を走らせたのだった。


「お母さんとお父さんは、本当にあの神社にいたのかしら」


 部屋にエイマンが入ってきた気配がした。ドアの閉まる音が、静かに響く。


「……燃えたのは宮司の家だ。そこに五年前から、おばさんたちは身を寄せていたらしい。一部の人間しか知らなかったようだね」


「一部の人間……さっきの人は?」


「彼はおばさん達のことは、他の神社関係者と思っていた。そのように宮司から説明されていたそうだよ」


 エイマンがベッドに腰を下ろしたので、リリーは身体が僅かに沈み込むのを感じた。


「なぜ燃えたのかしら」


「原因は分かっていない」


「まさかお母さんたちが……」


 その先を制するように、エイマンの手がリリーの手に重ねられた。


「冷静になれ。なぜおばさんたちが、宮司の家を放火する必要がある? 宮司たちが君の家族を匿っていたという風に考えるのが普通だろう」


「何から匿っていたというの。父さんたちは何かに追われているの……? 全然分からない」


 数週間前に突然姿を見せた兄の言葉が、脳裏に浮かんだ。


家を守れ。


兄は確かそんなことを言っていた。


――確かにお兄ちゃんは、何かから身を隠していた。結界を使ってまで


 兄がある人から世話してもらったという護符。

ああいう類の道具は、神職に携わる者が扱うものだ。もしかしたら両親を匿っていたこの街の宮司が、兄に与えたのかもしれない。


 しかしリリーは、この話はエイマンにも打ち明けようとは考えていなかった。


「きっとこの街から別の場所へ移動したんだ」


 透証から映し出される地図を示しながら、エイマンは言う。二人が今いるこの街は、国の南部に位置したこの地方一の大都市だった。


「しかしどこへ行ったのか見当もつかないな……先程の神社のように、大きな社のある街をあたってみるか」


 独り言のようだった。


 エイマンはしばらく考え込むような思案顔のまま、地図から顔を動かそうとしなかった。


 身体を起こしたリリーは、おもむろにそんな彼の背中に顔を埋めた。


ピクリと動いた大きな身体に腕を回すと、体温が直に感じられて、騒いだ心はいくらか静まっていく。


「連れてきてくれてありがとう。少し休んだら、もう帰りましょう。多分私達が探したって、見つかりっこないわ。そんな気がするの。生きていることは何となく分かったんだし、そのうち向こうから戻ってくると思う」


 リリーは兄の告げた言葉の後ろに、両親と兄は然るべき時が来れば帰ってくる意思があると感じ取ったのだった。

もしかしたらそれは自分の都合の良い解釈かもしれないが、今までのようにただ漠然と待つだけなのとは、大きく状況は変化しているように思えるのだ。


「いいの。それで。せっかく歳納の楽しい時期なんだから、帰らなくちゃ。その前に亡くなった宮司さん親子にも、挨拶していきましょう」


「……君がそうしたいと言うのなら」


 地図が消えてベッドの軋む音が二人の耳に届く。


静かに唇が重なって、離れた。


 お互いの瞳にお互いの姿が映り込んだ時だった。


 エイマンの透証から誰かからの着信を告げる電子音が鳴り響いたのだった。


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