宮司の悩み②

 彼が宮司を努めるこの小さな社は、ヒノクニ中北部に位置する、小さな漁村の中にあった。


社殿は小さく、境内も広くはない。

しかし大切に管理され、こまめに修繕を行ってきた、美しい社である。


浜と家々を見渡せる、小高い丘の上。

その場所を定めたのは、国の始まりとほぼ同時期であると、伝えられている。


 他の多くの神社と同様、人々の信仰の対象となり地域の暮らしの中に根ざしてきた。

しかしただ一点、他の神社と異なる点がある。


それは代々の宮司と、ごく一部の者しか知ることがない機密事項だった。


―――この社で祀られているものは、神ではない


 それは物であり、手で触れ、持ち上げることのできる物質である。


神の依代というわけではなく、そのが特別に祀られる対象であり、守られる対象なのだ。


 オリトも見たことがないそれは、「カギ」と呼ばれていた。


 彼が知っているのは、その名称及び役割。それがこの国の三種の神器の一つであるということ。この神社の宮司の代替わりの際に、カギが必要であるということだけだった。


王の祖先が建国の際に用いた三つの神器の存在は、誰もが知る一般常識である。


しかしそのうちの一つが祀られている場所が、観光客すらやってこない、片田舎の小さな神社だとは、誰も考えもしないだろう。

教科書上では、三種の神器は王の側近くに祀られている、とされているのだから。


 しかし神器の一つが自分の祖先たちが守ってきた社にあるということを知っているオリトでさえ、カギという名前のそれが、読みの通り鍵の形をしているのかは分らない。


見ることが許されるのは、宮司とカギの守役に任命された者たちだけだからだ。


 カギは国の成り立ちに大きな影響を及ぼしたと伝えられる、三つの神器のうちの一つである。


残りの二つの神器、「カガミ」と「ウツワ」は、王の住まう王宮に安置されている。

しかしこのカギだけは、王から離れた場所で守る必要があるのだという。


 それを預かる役割に任じられたのが、オリトが宮司を努める、この社の初代の宮司であった。

それから代々、この場所がカギを管理する役目を果たしてきたのだ。


ところが、オリトの先代の時期にある事件が起きて、それから現在に至るまで、カギは行方が分らない。

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