暗い歴史②

 今日エイマンが話そうとしている歴史とは、おそらく侑子がこれまで日常的にも耳にすることの多かった、五年前の政争につながることだろう。


空彩党くうさいとう平彩党へいさいとう、この二つの政党の名前は知っているよね」


 エイマンの言葉に侑子は頷く。


 この国の現与党が平彩党。

そして現在は解体済みで存在しないが、五年前までほぼ一党独裁状態の勢力を持っていた政権が、空彩党である。


「五年前に正式に王から認められ政権を取るようになった平彩党は、成立してからそんなに長くない政党なんだ。政争前から母体となる政治団体はいたけれど、現党首が中心となって成立したのは五年前……政争のさなかだった」


 エイマンが年表のある部分を指しながら説明する。


五年前、太字で示されたその場所には、『平空政争』と記されている。


人々が「五年前の政争」と口にする内戦は、正式にはそのような名称なのだった。


「対して空彩党の歴史は古い。この国が立憲君主制を取り入れるようになった当時から、名前が残っているんだよ。空彩党から分離独立していった政党は沢山あるけど、どれも長くは続かなかった」


「この国では、王の影響力がかなり大きいですよね」


 侑子が言葉を挟む。

日本における天皇と同じと考えていた王という存在は、当初侑子が感じた印象から、大分変わっていた。


 エイマンは頷く。


「王とはヒノクニを建国した人物の血脈を継ぐ人のことだ。王になるには、特定のある“才”を持っている必要がある。その“才”は、初代の王の血筋の者にしか、受け継がれていかないんだよ。けれど一つ言えることは、立憲君主制の形をヒノクニがとるようになった今も、それ以前も、実は王の果たす役割は、ずっと変わっていないということだ」


「役割? 王の仕事ってことですか」


「そう。現代では、王は政治家達が決めたあれこれについて、基本的には口は挟まない。政党政治が始まる以前には、今の政治家たちがやってきた仕事は、王直属の家来たちや王と外戚関係にあった家の者が携わっていたんだけど、ここでも王は意見を述べることは殆どなかったとされる。ただ王は神事を執り行い、それが国民生活に直結する政治決定同様に重要視されてきたんだよ」


 おそらくエイマンは侑子にも分かりやすいように、大分噛み砕いて説明してくれている。しかし日本の政治についても知識が殆どないといっても過言でない侑子にとって、この話題は難しい。


しかし唯一予想できることは、おそらくこの世界にとって抜きで話すことは不可能である、『魔法』という存在が大きいのだろうということだ。


「神事ってもしかして、王の持つ特別な“才”が、その儀式で使われるということですか?」


 ノートに必死にメモを取っていた侑子を眺めていたエイマンは、しばらく考えるようにして、顎に手を添えていた。


「王がどのような“才”を持つのかは分らない。その特別な魔法が神事の中で使われているのかすら、国民は知らないんだ。そんな曖昧なことしか一般の国民たちには分からなくても、それでも王の神事が重要視される理由……それは、国の安全が確実に守られてきたからだよ」


「国の安全?」


「神事がうまくいかなければ、天変地異が起こる。具体的には災害の多発ということだ。地震、噴火、大雨や洪水といったね」


 侑子は口を開けて驚いた。


「災害を魔法で防ぐことが、できるってことですか?」


 そういえば別世界に来てしまったという衝撃の大きさで忘れていたが、既に十月も終わろうとしている時期だというのに、侑子はこの世界に来てから台風という単語を一度も耳にしていないことに今更気づいた。


毎日それなりに天気予報も見ていたはずだが、災害を警告するような報道も目にしたことがなかった。


「そうだよ」


 逆に不思議そうに首をかしげたエイマンは、こう付け加えた。


「王の神事によって、ヒノクニは長く平和な時代を築いてきた。他国で起こるような自然災害がこの国に起こらないのは、王の“才”によるものだろうと言われているし、皆そう信じている……国が成立してから、千年を軽く超える長い実績が確かにあるからね。長い歴史の中で、時折他国の侵略に脅かされることもあった。しかしそんな侵略戦争が尽く失敗したのも、同じ理由と言われている。ただ――」


 腕を組んだエイマンは、再び間を置いた。「これは君も既に知っていることだけど」と続きを始める。


「五年前の政争……期間は一年ほどの短いものだったが、あの混乱の間に失った国民の数、燃えて傷を負った土地は、教科書に太字で記さないといけない程大規模なものだったんだ。なぜ王の“才”によって守られていたはずのこの国が、あの政争ではあそこまでの犠牲を出してしまったのか、分かっていない。……不気味だろう」


 エイマンの眼は、濁りのない水色だった。

二つ並んだその碧眼が、まっすぐ侑子を見つめながら言葉を紡いだ。


「君に再会した時に、かつて私の父が君と同じ世界からやってきた人物と面識があったと話をしたよね。その人が亡くなったのは、今から二十年前のことだが、それ以降君がやってくるまで、並行世界から誰かがやってくることはなかったんだ」


「ユウキちゃんから聞きました。国が混乱した時期を乗り越えた頃に、私みたいに並行世界から人がやってくるんだって。そういう風に歴史が繰り返しているんですか? つまり、私のように別世界から人がやってきたことが、この国の平和な時代の始まりを意味するとか」


 エイマンはふっと優しい笑みを浮かべる。


「私はそう信じている。君がこの国にとっての幸運であればと……あの悲劇は、絶対に繰り返したくないから」

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