発動⑥

 もしかしたら、束の間気絶していたのかも知れない。


 耳が轟音を捉えたのと、凄まじい風圧を感じたのは、同時だった。


 そこから身体が一気に後方に傾き、抵抗する間もなく侑子の身体は運ばれ、そして全身に強く打撃を受けた。


 自分の身体が、部屋中央のテーブルを超えた床に叩きつけられたのだと把握したのは、ユウキの切羽詰まった大声を聞いてからだった。


「どうした?!」


 ひっくり返ったその声は、パジャマ姿のジロウだった。物音と叫び声に、慌てて駆けつけてきたのだろう。今正に部屋の出入り口から飛び込んできたところだった。彼の背後から、パタパタと走るノマの足音も続いてくる。


「痛っ」


 抱き起こそうとしたユウキの手が肩に触れ、激痛に侑子は思わず呻いた。怯んだようにユウキが手を引っ込め、心配そうに見下ろしてくる。


「大丈夫? 何があった? どこが痛い?」


 ユウキの問いかけには、すぐに答えられなかった。痛みに耐えるのと、全身の状態を理解するので頭が一杯だ。


 侑子は深呼吸して、仰向けの姿勢からゆっくり横に身体を倒してみる。強打したのは肩と腰のようだった。痛みで脂汗が出てきたが、段々と痛みは弱くなっている気がした。頭が痛まないのは、幸いだったのかも知れない。


「ユーコちゃん、ちょっとじっとしてられる?」


 ジロウの声と共に、ノマの息遣いも近くで聞こえた。しばらくして彼女のほっと息を吐く音がする。


「よかった。取り敢えず折れてるところはなさそうです。ユーコさん、今痛み止めかけますね。応急的なものですから、完全には取れないかも知れませんが」


 侑子の位置からは確認できなかったが、どうやら魔法だったらしい。その言葉どおり、全く痛まないまではいかないが、格段に楽になって、侑子はようやく上体を起こすことが出来た。声も出せる。


「ありがとうございます。びっくりした……」


「何があった? ごめん、ユーコちゃん。来るの遅くなった……俺が部屋に来たときにはもう、倒れてて……」


 痛々しそうな表情のユウキに、侑子は慌てて首を振った。


「違うよ。私にもわけが分からなかった。突然突風に飛ばされたの」


「突風?」


 侑子の言葉に、ジロウは開けっ放しの窓に目を向けた。


 広縁に置かれていた小さなテーブルと二脚の椅子は横倒しになっていたが、欄干や障子戸、窓ガラスが破損した様子はなかった。外もほぼ風のない、夏の湿っぽい空気が漂うだけだ。


 侑子の身体を吹き飛ばすほどの突風が、自然発生的に起きたとは、どう考えてもありえなかった。


 もう少し詳しく話を聞いてみないと見当がつかないな、とジロウが侑子に言葉をかけようとしたときだった。


 部屋の片隅、ちょうど月明かりも廊下の灯りも届かない場所から、畳の上を這うような不自然な音が聞こえてきたのだった。

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