歌声⑤
「母は娘が欲しかったんだ」
帰り道。
街灯が照らす道を、二人で並びながら歩いていた。
ユウキは唐突に、自分の過去の話を話し始める。
「ユウキちゃんのお母さん?」
「そう。俺を産んだ実母ね。産んだ時、父はいなかった。父親は母の妊娠中に、どこかに消えちゃったんだって。とんでもない奴でしょ」
突然の悲壮な話題に侑子は言葉を失ったが、ユウキは笑みを浮かべていた。
「昨日ちょっとだけ話したよね。もう少し詳しく、この話してもいい?……ユーコちゃんに、聞いてほしくなったんだ」
「聞くことしかできないと思うけど、いくらでもどうぞ」
コクコクと侑子は何度も頷いた。それくらいの反応でしか、応えられないと思った。
「母は我儘な完璧主義者だった。何でも自分の思い描いた通りにならないと、気が済まない面倒な性格をしていたんだ。自分の結婚相手も、その人と築いていく家庭も、何もかも理想通りにしたかったんじゃないのかな……だから父にも逃げられたのかもね。そんな母の理想の一つは、かわいい娘を持つこと。そしてそんな娘に、自分の理想通りのフリフリの服を着せて着飾らせて、傍らに置くこと」
二人の歩幅は、とてもゆっくりだった。
商店街を抜けると、人通りがまばらになってきた。
「でも母の理想の家庭は、しょっぱなから失敗の連続だった。夫に逃げられて、そして俺が生まれた。女の子を切望していたのに、産まれてきたのは息子。母はそれはもうがっかりしたみたいだったけど、俺はまぁまぁ可愛い顔した赤ん坊だったらしくて、気を取り直した母は、俺を女の子として育てることに決めた」
侑子は隣を歩く青年を見上げてみた。
彼はうっすら笑っている。昨日は今が充実してるから過去なんて気にならないと言っていたけれど、そうではないのではなかろうか。笑っているけれど、その笑顔には影がさしている。
それが夜に近づきつつある、陽の光のせいだけではないように、侑子には映った。
「俺が言葉を喋りだした頃、母は俺にあの“才”があることに気づいた。ある日俺は“才”を使って、人形遊びをしていたらしいんだよ。ドールハウスに女の子人形を並べて、それぞれ違う女の子の声を充てて遊んでいたらしい……あの時の嬉しそうな母の顔、よく覚えているんだ。母は俺にこう言った。『今日から女の子の声で話して。その青いスカートの人形の声がいいわ。その女の子の声で話すのよ』って」
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