青い半魚人③

 ユウキの顔には鱗はないし、毛髪もある。


異様な雰囲気の化粧に覆われていても、緑の瞳はそのままだ。


魚の顔はしていない。


 けれど侑子は、ただの偶然だとしても、夢の中の人物と一致しすぎている彼の姿に、呆然とするしかなかった。


「きれいね。人魚姫みたい」


 すぐ近くで観客の誰かが、連れに話しかけたようだ。


「でも上半身も鱗に覆われているよ。人魚というか、魚人じゃないか?」


「人魚って上半身には鱗がないものなの?」


「さあ。会ったことないからな」


 二人組の会話はそこで終わった。


 ユウキの足が止まり、舞いが終わったようだった。

どこからか鳴り響いていた音楽も止んでいる。


 幻覚から目覚めたような気分で、侑子は立っていた。


 いくらか気持ちが落ち着いてきて、冷静な思考を呼び戻す。


今日はいくらでも不可解な出来事が起こったではないか。

夢は夢、現実は現実のはずだ。この世界を現実と言い切って良いものか、侑子にはまだ確信がなかったが。


「皆さん。本日はお集まりいただきありがとうございます。足を止めていただいたこと、心より感謝いたします」


 再び深く頭を下げて観客たちに謝意を示すと、ユウキは片隅の鞄のなかから、一体の人形を取り出してきた。


人形といっても、衣装は身に付けていなかった。顔はもちろん髪の毛すらない。人間の形を模しただけの、布人形のようだった。


それはマリオネットで、手足の先に無色の糸が結びつけられ、糸先は二本の棒をクロスさせた操作棒に繋がっていた。


「どうぞ次の演目もご覧になってくださいね」


 地面に着くか着かないかの場所で立たせるように糸を引き安定させると、彼は慣れた手つきで操作棒を動かして、人形にお辞儀をさせた。


のっぺらぼうの人形が、まるで生きているような滑らかなお辞儀をしたので、観客の子供達から無邪気な歓声が上がった。


「今日はこの相棒と一緒に、歌を歌って皆さんを楽しませたいと考えていたのですが……。裸ん坊ではかわいそうですね。それに、口がないと歌えません」


 悪戯そうな視線を観客に送る。


 長い指で器用に操作棒を動かしながら、人形と何やら相談するような動作を何度か繰り返した。


「え……? うん、そうか。今日の君は、そんな気分なんだね」


 自分の膝丈ほどの大きさの人形を見下ろしながら、合わないはずの視線を送り合う。


「それでは彼女に、素敵な衣装と歌声を贈りましょう」


 観客に向き直って、ユウキはにっこり笑う。


 少しだけ侑子に視線を合わせ、唇の前で人差し指をたてた。


“秘密”を意味するその仕草に、反射的に侑子が小首をかしげると、ユウキが人形に優雅なターンをさせた。


 光の粒が人形を隠すように集まった。そして粒は、楽しげに弾んで大きく散り飛ぶ。


 そこには侑子と同じセーラー服に身を包んだ、黒髪おさげの人形が両手を高く上げた姿勢で立っていた。


顔は筆で書き込んだようにシンプルなものだったが、赤い口は逆三角形を描いて大きく笑っている。


 仰天した侑子はあんぐりと口を開けて、人形とユウキを交互に見つめた。


「このお姉ちゃんとおんなじ髪型だぁ」


 隣で興奮ぎみの子供が、すかさず侑子を指差した。


 ユウキの衣のおかげでセーラー服は丸ごと隠れているが、髪色と髪型で誰の目からみても人形が侑子模したものであることは、一目瞭然だった。


 ユウキはにっこり子供に笑い掛けると、人形を抱えあげて侑子のそばまで数歩近づく。


「そうです。黒水晶モリオンのように美しい色なので、この子も思わず真似したくなったそうです」


 侑子の顔の高さと同じ位置にいる人形が腕をあげて、そっと侑子のお下げの先に触れるような動きをした。


「モリオンの君、お許しいただけますか?」


 青紫のメイクの向こう側から、柔らかい緑の瞳が侑子を見つめている。

 悪戯が成功した子供のような、嬉しげな視線だった。侑子には頷くしかなかった。

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