第二章
第1話 世界ⅰ続きの始まり
一瞬だけの幻覚かと思った。
リリーの部屋に入るのは今までも何回か機会があって、その度に侑子は考えたものだ。
――このドアを抜けたら、自分の部屋に戻っているんじゃないか
そんな妄想は毎度のことだ。
無理もないと思う。
自分はこのドアからヒノクニへやってきたのだから。
だから、今回もいつもの無意識の妄想だと思った。
少し妄想が過ぎて、本当に目の前に以前自分が暮らしていた部屋の光景が映し出されたのだと。
これは自分の心の奥の記憶を、脳が見せている錯覚なのだと考えたのだ。
しかし錯覚でも幻覚でもなさそうだ。
侑子がそのことに気づくのに、あまり時間はかからなかった。
「私……」
一歩踏み出すとフローリングの床に敷いた、丸いピンクのラグの感触があった。
更に数歩前へ進むと、パイン材のシングルベッドの足にぶつかる。
ベッドの上の布団は綺麗に整えられていて、敷布団の下には見慣れたぬいぐるみたちが横たわっている。頭だけ掛け布団から出したクマやうさぎのプラスチックの瞳が、侑子のことを不思議そうに見つめていた。
「まさかね」
左手をベッドの上に伸ばして、侑子ははっとする。
手首についているのは、銀糸で編んだブレスレット。
とんぼ玉状の透証が目に入った。
紐先の六つの硝子の鱗が揺れながら燦めいて、困惑する侑子を正気に引き戻していた。
途端に侑子はブルブルと身震いが止まらなくなる。
左腕のブレスレットを右手でぎゅっと胸に押し付け、口で呼吸を繰り返した。
「こんなことって――ある?」
呟いた声は夢の中とは違う。現実のものとして侑子自身の耳がとらえた。
「戻ってきたの……?」
その呟きと同時に、侑子の背後で息を呑む誰かの声が聞こえた。
「侑子?」
振り返った侑子は、驚愕という二文字をそのまま顔に貼り付けたような表情で立ち尽くす、朔也の姿を見たのだった。
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