第28話 脱皮
その日は、爽やかな秋晴れになった。
侑子はノマに選んでもらった、紬の着物姿だった。
この世界では、普段着で着物を身に着けている人が少なくない。
その着こなしは着物について知識のない侑子から見ても、かなり自由であることが分かる。動きにくそうというイメージを覆すのに、十分だった。
着付けなど全く分らない侑子だったが、こういう時に魔法は便利だ。ノマに手伝ってもらって手順を覚えた後は、細かい微調整は魔法で行う。ノマの手さばきを思い返しながら念じていれば、美しい形に整えることができるのだった。
侑子は自力で着ることができるようになってから、よく着物を身につけるようになっていた。
初めはその色柄の美しさが気に入ったからだったが、次第に着物を身に着けている時に歌うと、声が気持ちよく伸びていくということに気がついたのだ。
服の構造や帯の効果で、背筋が自然と伸びるからかもしれない。
「ユウキちゃん。緊張してる?」
ユウキは先程から、手に乗せたクマのあみぐるみを撫でていたが、心はどこか遠くに出かけているようだった。
彼にしては珍しいほどに、ぼうっとしている。
侑子から声をかけられ、苦笑いを浮かべた。
「そうかも。いつもだったら着替えてメイクして、その間に気持ちを作っていたんだなって、思い知ってるとこ」
彼はいつもと全く変わらない、普段着姿だ。
腰に硝子の鱗を縫い付けた布を巻いているだけで、変身館で歌うときと変わらない。侑子がすっかり見慣れている姿だった。
「一番はじめの踊りは、するんだよね」
これからの手順を確認するつもりで、侑子は訊ねた。
「うん。本当はそれもなくしちゃおうかとも思ったけど、あの舞いをやっておかないと、観客は俺だってことに気づいてくれないかもしれないから。それにね、舞いって場の空気を整えるんだよ。やった方がいいと思い直した。それから一番最後の歌。あれもそのまま、いつも通り」
ユウキが曲芸の最後にいつも詠唱する、和歌のことだろう。
侑子は頷いた。
「おまじないだよね。お客さんとユウキちゃんに、良いことが起こりますようにって。そのままがいいと思う」
あの和歌の詠唱は、元々ユウキが“才”を使わずに行っていたものだし、無理になくしてしまう必要はないだろう。
「ユーコちゃんにも、だよ。今日は二人で歌うんだから尚更」
微笑んだユウキは、台の上にクマを立たせると、足元でじゃれ合っていた他のあみぐるみ達もすくい上げて移動させた。
「お前たちも、よろしく頼むな」
ぴぃぴぃと甲高く気の抜けた音で返事をするあみぐるみたちは、今日は十以上連れてきた。
小さな台には、納まりきらない大所帯だ。
台の上だけでなく、観客の側近くでも踊ってもらう手筈になっている。
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