第7話 才

 怖かった。


 見覚えのない町並み。


 異様な外見の人々。


 知っているものは何もなく、唯一自分の意思で動かせる身体だけで、がむしゃらに前へ進んだ。


 どこかに出口があるような気がして、そんな頼りない小さな希望だけを信じて、気力を奮い起こしながら、とにかく歩いた。


 そんな気力も尽きかけた時、大きな手で掬い上げてくれたのが、目の前の男だった。


 侑子は膝の絆創膏を人差し指でなぞりながら、すっかり落ち着いた心を確かめるように、ユウキを目で追っていた。


 彼は今、大きな鞄の中から、正方形の黒い箱を取り出している。


「そろそろ準備を始めるよ」


 にっこりと侑子に笑いかけると、箱を開ける。


覗きこんだ侑子は、わぁと思わず感嘆の息を漏らした。


「すごい。これ本物の宝石?」


 箱の中には、色とりどりの美しい石で彩られた、指輪やピアスなどの装飾品が入っていた。


どの石も大きく、光を受けると艶やかに煌めき、金銀の繊細な細工で縁取られている。


侑子には価値はわからないが、きっととても高価なものなのだろう。

おもちゃには見えなかった。


「天然かどうかって点では、残念だけど全て人工物だよ。だから価値はとても低い。成分は変わらないはずだけど。土台の金も銀も同じ。俺が作ったものだから。魔法でね」


 反応を予想しての言葉だったのだろう。

案の定驚いて目を真ん丸にする侑子を見て、ユウキはははっと声をあげて笑った。


「俺は身に付けるものを作るのが得意って、言ったでしょ? 宝飾品も同じ。こういう繊細でゴテゴテしたものは特にね」


 赤い楕円形の石の周囲に、雫の形に整えられた、沢山の青い石を配したピアスを両耳につけながら、ユウキは話す。


「見てごらん」


 侑子の右手を取り、大きな宝石のついた金の指輪を、彼女の人差し指に通した。


羽を広げた鳥の背に、大きな青い宝石が配されたデザインだった。


宝石は深く濁りのない美しい青色をしており、カットを施されて、光を浴びる度に煌めいた。


じっと見入る侑子の顔の上に、石が反射した七色の光が踊る。


「どう思う?」


「すごく綺麗。とても光ってる。眩しいくらい。それに、この鳥もとても可愛い」


 侑子は自然と笑顔になる。

大きな宝石を背に乗せる鳥の口許が、微笑んでいるように見えたのだ。


「綺麗なものを見ると、心が沸き立つでしょう?」


 ユウキは箱の中に残る指輪を、両手の指にどんどんはめていく。


「きらきらするもの、可愛いもの、魅力を感じるもの。心を良い方へ動かすものを見ると、魔力は上がる」


 魔力、という馴染みのない言葉に、侑子が指輪から顔をあげてユウキを見た。


「魔力が上がると、魔法を使った時、その効果がより強くなる。だから人は、自分が美しいと感じるものを身近に欲しいと思うんだ」


 ユウキは自分の灰色の短髪に両手で触れ、一瞬の後に腰までの長髪に伸ばした。


そして同時に、その髪色は銀色の光を湛えた、透き通るような薄い水色へと染まる。


眉も睫毛も同じ色に変化したので、顔の印象ががらりと変わった。


 驚いて目を離せなくなっている侑子に微笑んで、今度はベンチの後ろに落ちていた小枝を拾いあげる。


その枝を一撫ですると、先程の侑子の靴を出現させた時と同じように、光の粒が枝を包み込んだ。


 光が消え去った時にユウキが持っていたのは、一本の銀の簪だ。


一方の端には、ピンポン玉を一回り小さくした大きさの、丸く艶やかな青い玉がついている。玉を半分ほど包み込むように銀細工の繊細な小花が散らされ、玉と棒の繋ぎ目あたりから、細長い銀の筒状のビーズが、いくつも垂れ下がっていた。


 ユウキは慣れた手つきで長く伸ばした水色の髪を高く結い上げ、仕上げに簪を挿した。侑子が見たことのない髪型だった。

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