「猫ノ目書房」短編集

佐久良銀一

ありったけの感情を込めて甘いおかしを

 薄味のハロウィン要素を持つような、ペット用のマントをつけた程度の仮装をした葉が、そわそわしながらこちらを見ていた。

 上で白猫と何かしてたのは知っているから、お決まりのセリフを言う気なのだろう。

 そういう行事ごとはどうやら楽しむ性質だというのは、しばらく一緒に暮らして分かっていた。

 なのでもちろん、お菓子は用意してある。


 ――イタズラかイタズラか。


 そんなクソガキ……もとい、昔の俺が言いそうな聞き方をされたら、もちろん俺も困ってしまうのだが。

 葉のイタズラはそこまで性質が悪いものは今の所確認されていない。

 まだ無邪気であるからこそとんでもない事をしでかさないとも限らない。

 頭の中でまだ起こっても居ない出来事を考えていると、別の意味で予想外の聞き方をされた。


「おかしください!!」

「……うん??」

「おかしください!」

「ハロウィンじゃないのか?」

「うん、ハロウィン!」

「普通は『おかしくれないとイタズラしちゃうぞ』って言うんじゃないのか?」


 問いかけてみると、葉は静かになる。

 そして少しだけ三つの耳を左右にゆらしてから頬を膨らませながら言った。


「優史にイタズラしたくないもん」

「ッ……」

「どうした?」


 顔を手で覆って口元がニヤけているのを、目が笑ってしまうのを隠す。

 なんだその可愛い理由は。

 もうちょっと邪悪な生き物である事を想定していた黒い物体は俺が思うより随分と毒気がしっかり抜けていたらしい。


「いや、いい子かよと思って」

「ぼく、いいこだもん」

「……うーん」

「なんだよいいこだろぉ、むぅ」


 不服そうに頬を膨らまされても、初対面では割と人間にとっては危なめの物体だったので首をかしげたくもなる。


「うん、そうだな。今のお前はもういい子だよ」

「でしょ! だからおかしください!」

「……はい、どうぞ」

「やったー!」


 上着のポケットに入れていた手作りのお菓子を取り出して渡す。

 オレンジ色のビニール袋に紫入りのリボンでラッピングした、こうもりやカボチャなどのハロウィンらしい柄のアイシングクッキー。

 割らないように、柔らかい三本の耳でしっかり挟んでオレの周りをぴょんぴょんと飛び回る。

 ……器用だな、お前。

 そしてオレの膝の上におさまると、クッキーを眺めていた。


「食べないのか?」

「もうちょっとみてたいの、かわいいから」

「そうか」


 キラキラとした赤い目で、お菓子を眺める黒い物体に手を伸ばす。

 驚いてお菓子を落とさないように、俺よりも遥かに年上の得体の知れない生命体に伺いを立てる。


「撫でていいか?」

「いいよ! みみいがいね! おかしもってるから!」

「わかった」


 ゆっくり撫でると嬉しそうに目を細める。

 独特の触感が手に伝わってすごく気持ちがいい。

 片手で撫でながら、机の上に広げた本の続きを読み始める。

 柔らかさに思考能力でも奪われたのかと思うほど滑らかに、そこでふと頭の中に浮かんだ言葉は深く考えるまでもなくそのまま音になっていた。


「……いい子にはご褒美がいるな、何か食べたいお菓子は?」

「このまえたべたアップルパイおいしかった!!」

「ん、また焼く」

「ホールぜんぶ、ぼくがくう!」

「……配る用含めて2個焼くわ」

「やったー!!」


 これだけ喜んでくれるのだから、悪い気はしない。

 器用にお菓子は落とさずに、膝の上でくるんくるんぴょんぴょんする物体を眺め、撫でながら俺はハロウィンの穏やかな昼を過ごしたのだった。

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