後編
翌日の朝、本当にドレスが届きました。
お嬢様宛のカードまで添えられて、サファイアブルーを基調としたそのドレスはひと目で高級品だとわかりました。即日仕立てたにしては、特に手を抜かれている様子もなく。まるで最初から、お嬢様のためにあるようなドレスでした。
「目が腫れていなくてよかったわ。クラウゼヴィッツ王から贈られたドレスを着るのに、酷い顔を晒すわけにはいかないもの」
「それにしても、瞳の色のドレスを贈るだなんて……もしかして陛下、お嬢様に一目惚れしたのでは」
「もう、カルラ? 冗談はそれくらいにして、準備をしてちょうだい。今日は昨日より気合をいれてね」
「はい、もちろん!」
冗談のつもりはなかったのだけど。だって、ひと目見て「色を纏うことを許す」って、ある意味告白のような気がします。
だから今日は昨日よりさらにお嬢様を美しく仕立てて差し上げなければ。それこそ王子殿下が後悔するくらいに!
「お嬢様、汚れたドレスはどうします?」
ワインで汚れてしまったそれは、王子殿下が男爵令嬢に入れ込む前に贈られてきたものでした。あのときの王子殿下は、今のような雰囲気ではなかったのに。
「……捨ててちょうだい。私にはもう、必要のないものだわ」
「お嬢様……」
「彼から贈られたものも、全て燃やして。……昨日の一件で諦めがついたの」
大勢の人の前で辱められて、心を傷つけられて――それでもまだ王子を想い続けることは、お嬢様には出来なかったのです。いえ、お嬢様でなくても、あのようにされてそれでも尚愛し続けることができるとしたら、その人はもう聖人か、神です。
「私はきっと、幼い初恋をずっと引きずっていたのね。いつか目を覚ましてくれるかもしれないと思っていたけれど、もういいわ。たとえ目が覚めたとしても私はもう、昨日の出来事を忘れることが出来ないもの」
「お嬢様がもしまた王子殿下と、ということになったら私は大反対してましたよ! 察していたと思いますけど、私はもう昨日本当に、あの王子の顔をどれだけ殴ってやろうと思ったか!」
「ふふ。カルラがそう言ってくれるだけで嬉しいわ。……今日はクラウゼヴィッツ王にきちんとお礼を言わなければね」
私は精一杯、お嬢様を磨き上げました。美しいお嬢様を、更に更に、美しく気高い御方に。贈られたドレスはお嬢様の身体にぴったりで、アクセサリーもクラウゼヴィッツ王の瞳の色と合わせている。その全てを身に纏ったお嬢様は頬を赤く染めて、小さな声で呟いた。
「これではまるで、クラウゼヴィッツ様の婚約者のようではない……?」
「やっぱりそうですよねぇ……クラウゼヴィッツ王は一体どんな意図でこれを贈られたんでしょう」
そのときです。ばたばたと邸の廊下を慌ただしく走る音が聞こえて、扉が大きく開かれました。この家の侍女も執事も、普段はそんなはしたない真似はしないというのに。扉を開けたのはなんと執事長で、非常に焦った顔をしていました。
「執事長、どうしたんですか? お嬢様のお部屋にノックもなく」
「も、申し訳ございません、お嬢様! それが、その……家の前に、ミュスティカァ国の紋章が刻まれた大きな馬車が!」
そこでふと私は、昨日の陛下の言葉を思い出す。エスコート役も用意すると言っていました。どうやら本当に、送ってくれたようです。
「お嬢様」
「えぇ、カルラ。じい、心配いらないわ。昨日ちょっとした約束をしたの」
「は、はぁ、そうだったのですね……じいは心臓が止まるかと……それと、その……同じタイミングで、王子殿下もいらしているのですが」
私とお嬢様は、同時に顔を見合わせました。なぜ王子殿下が、と思うのは言うまでもありません。汗を拭う執事に声をかけてから私は、お嬢様と共に邸の広間へ向かいました。そこにいたのは王子殿下と――クラウゼヴィッツ陛下。
「なぜ貴様がここにいるのか問おう」
「……エルネは、僕の婚約者だからだ」
「ははは。何を言う。昨日婚約破棄を言い渡していただろう。それを今更なんだ? 国王にも見限られたゆえに、かの令嬢に縋ろうとでも?」
陛下のその言葉で、すぐにわかりました。昨日あのあとやってきた国王夫妻に、陛下が全てを話したのでしょう。見たままを、偽り無く。この国の王、つまり王子殿下の両親は、お嬢様をとても気に入っていました。当然婚約破棄のことなど、知る由もなかった。
「婚約破棄を撤回すれば許して貰えるとでも思っているのか、何と浅はかな。その答えは彼女の姿を見ればわかるだろうに」
そう言って陛下が顎をくいと動かせば、王子殿下の視線はお嬢様へと向けられます。その姿を見た殿下は、ひどくショックを受けたような顔をしていました。そんな顔をする権利がどこにあると言うのでしょう。
「エルネ、その……昨日のことは、」
「王子殿下、何のご用です? 私これから、ミュスティカァ国の交流パーティーに行かなければなりませんの。もう殿下の婚約者ではなくなりましたけれど、公爵家の代表ですもの」
「まだ婚約は継続されたままだ! 父上と母上はまだ認めていない!」
「ほう。ならば認めさせねばなるまいな。――さぁ、行くとするか、バルツァー嬢。エスコート役は余であるが、まさか不服はあるまい」
差し出された手にお嬢様は、瞳を細めて美しく微笑みました。
「光栄ですわ、陛下」
陛下の手を取って、二人は馬車へと向かいます。私は二人の邪魔にならないように、後ろから静かについていきます。そう、陛下の後ろにいるドミニク様と同じように。すると一瞬固まってしまっていた王子殿下が、慌てて声を上げました。
「待て、エルネ! きみは、僕のことが好きだろう!?」
それを知っていてあのような真似をしたのでしょうか?
「それを知っていてあのような真似をなさいましたの?」
お嬢様と考えが被ってしまいました。少し嬉しい私です。
「殿下。私の恋は、あなたに頂いたドレスと共に炭となって消えてしまいました。どうかもう私をエルネとお呼びにならないで。たとえ王命でも、私があなたの婚約者になることはもう有りえません」
はっきりとそう答えたお嬢様の横で陛下は、なぜかとても満足そうな笑みを浮かべていました。
もしかして、そうなのでしょうか。そういうこと、なのでしょうか。不意にドミニク様と目が合いました。ドミニク様は何も言わずただ、こくりと頷きましたがそれだけで意思疎通は可能でした。私も深く頷いて返事をします。
ミュスティカァ国の馬車――恐らく国王専用の――は、とても大きくワゴン部分も広いもので、お嬢様と陛下、私とドミニク様が乗っても余裕があるくらい。私とドミニク様は二人の邪魔をしないようにと、気配を殺します。
「ドレス、似合っているな。余が思っていた通りだ」
「ありがとうございます、陛下。昨日のこともですが、陛下にはどれほど感謝の想いを伝えれば良いか……」
「よい。余が好きでしたことだ。……昨日のあの場のそなたは、ワインで汚れたドレスを着ていながらも誰よりも美しく聡明であった。表情を崩すことなく、背筋をしっかり伸ばし、あの王子から目を離すこともなく。あの不快な娘の不快な言葉にも、表情ひとつ変えずに立っていた。さぞ真面目に、王妃教育に取り組んでいたのだろうな」
お嬢様の表情が一瞬、はっとしました。
「まだ、本格的なものまでは」
「謙遜するな。あのような振る舞い、誰にでも出来るようなものではない。相当な覚悟がなければな」
お嬢様の瞳が微かに揺れます。陛下のお言葉は、お嬢様の心に響いているようです。
確かにお嬢様は今まで、努力を誰かに褒められることなどなかったように思います。公爵夫妻は当然のことだと思っていて、王子殿下はあの有様で。私がお嬢様を称えるのとは、また意味が違うのでしょう。
「今のまま、胸を張っていろ。そなたは素晴らしい令嬢だ」
「……陛下、私……感動で、涙がこぼれそうなのですけれど……」
「あぁ構わぬ、馬車の中だ。会場につくまでにそこな侍女が、しっかりと化粧を直してくれるだろう」
もちろんです、と拳を握ると、お嬢様は嬉しそうに笑って目尻に涙を浮かべました。こんなふうに笑うお嬢様は随分と久しぶりです。ドミニク様はドミニク様で、主に思うところがあるような顔をしています。あとで少し、お話をお伺いしたいところですね。同志な気がしますので。
そうこうしているうちに、会場へと馬車が到着しました。
当然、お嬢様のお化粧直しはバッチリです。私とドミニク様は、お嬢様たちよりも先に入場しました。そこにはなんと、あのローマン男爵令嬢の姿も。彼女の周りには彼女を囲っていた殿下の側近たちがいました。
「まだ懲りてないのかしら……」
思わず声が漏れました。
「心配しなくて大丈夫ですよ。……我が王は、妥協しませんから」
思いがけずドミニク様から返事があって、えっ、と更に声が漏れてしまいました。直後にファンファーレが鳴り響き、国王様たちの入場です。先にクライネ国の国王夫妻が入場してきました。
「昨日は早く着すぎて、音楽隊が焦っていたんですよ」
「お陰でお嬢様が助けられたので、私的にはありがたかったです」
「それは良かった」
クラウゼヴィッツ陛下は、お嬢様の手を引いて入場しました。お嬢様のドレスの色に、場内がざわめきます。ローマン男爵令嬢を見れば彼女は、思い切り顔を歪めていました。とんでもない表情です。
ファンファーレと拍手が鳴り止み、静かになったフロアで、クラウゼヴィッツ陛下は我が国の王に向き直って言いました。
「クライネ国の王よ。昨日の件について、まずは民に詫びねばなるまい?」
「はっ。承知しております。昨日我が愚息が起こしたとんでもない醜態、息子クルト・フォルヒャート第一王子に変わり私どもでお詫びをさせていたく所存。申し訳なかった」
国王と王妃が揃って、頭を下げました。国王が頭を下げるなど普通ならあり得ないことだけど、きっとクラウゼヴィッツ陛下にはそれをさせてしまうだけの力があるのでしょう。
「何より、エルネスティーネ・バルツァー公爵令嬢。わたくしたちが息子を放っておいたばかりにこんなことになってしまって、……謝って許してもらえるとは思っていないけど、謝らせてちょうだい。本当に、ごめんなさい。すぐに目を覚ましてくれると思っていたのが間違いだったわ」
「……王妃様。それは私も同じです。きっと目を覚ましてくれるだろうと、報告もあげずにいた私も悪いのです。陛下にも王妃様にも良くしていただいていたのに……」
まるで我が子を見るような眼差しを、お嬢様に向けています。そして王妃様が何か言おうと口を開いたときでした。
「さて、フォルヒャート王と王妃よ。今ここで王子殿下の願いを叶えてもらおう」
陛下がそう告げるのとほとんど同時に、王子殿下が入ってきました。すっかり消沈した様子で、とぼとぼと歩いています。目敏く殿下を見つけた男爵令嬢が彼に駆け寄り、例によって腕に絡みつきました。
「クルト様ぁ、どうして今日迎えにきてくれなかったの~? 他の人達が迎えにきてくれなかったら、あたし一人で来なきゃ行けなかったのよ!」
そもそもあなたはこの場に来るべきではないのでは。ドミニク様も同意見のようで、眉間にシワが寄っていました。
「クラウゼヴィッツ王よ、それは……」
「良いではないか。そなたらにはまだ二人も子がいる。王位継承権は第一王子ためだけのものではあるまい」
「な、何を……!」
ローマン男爵令嬢のことなど気にも留めず、王子殿下がクラウゼヴィッツ王に近づこうとしました。それを制したのは彼の父である、国王様です。
「そのために育ててきていたはずが、どうして間違えてしまったのか……いや、何もかも私たちの甘さが原因です。第二、第三王子には同じ過ちを繰り返さないよう影の人数も増やしましょう。そして同じことが起きる前に対処することを誓います」
「ほう。と、言うと?」
「第一王子クルト・フォルヒャートとエルネスティーネ・バルツァー公爵令嬢の婚約はクルトの有責によって破棄、王位継承権の一位は第二王子とする!」
国王様の言葉に、会場が一斉にざわめきました。お嬢様は胸元に手を当てて、ほっと安堵の息を漏らしています。もう殿下に未練はないようで、何よりです。
「そんな、父上! 昨日も言いましたが僕がこんな行動に出たのは、彼女が悪女であるからで!」
「馬鹿者! 婚約者がいる男性にやたらと接触するなという言葉の何が悪だ! 大方お前を誑かした令嬢が話を膨らませて伝えたのだろう、それを真に受けおって……人を見る目を養えと言ったはずだ。なぜにお前はバルツァー嬢の言葉を信じず、片方の令嬢の話ばかりを信じたのだ」
「そ、それは……その……」
「ねぇねぇ、ちょっとぉ! もしかしてクルト様、王になれなくなっちゃったのぉ~? あたしを王妃にしてくれるって言ってたのにぃ?」
再三繰り返すが、私は平民です。平民だからこそ、王族の会話に言葉を挟んではならないことくらいわかります。なのにあの男爵令嬢は変わらぬ様子で、口元に手を当てて眉を下げています。
どうして王子殿下はあれに引っかかったのでしょうか。
お嬢様の方が何倍も何十倍も何百倍も素晴らしい御方だと言うのに。
「ねぇ~? それじゃあ~。バルトロメウス様ぁ! あたしをミュスティカァ国へ攫ってって!」
その場にいた全員が、「は?」という顔をしていたように思う。国王夫妻は余りの無礼さに言葉を失っているようです。無理もありません、こんなにもアレな人間は、そういないでしょう。
「バルトロメウス様の方がぁ、かっこいいしぃ、素敵だと思ってたの~。ねぇ、あたしの目を見て、バルトロメウス様。あたし、可愛いでしょう?」
国王陛下の名を、許可なく呼んで。敬語も使わず、馴れ馴れしく近づいて。チェリーピンクの瞳が暗く色を落としたかと思った刹那、陛下の表情がなくなった。
「頭が高い。控えろ、愚民が」
「え……」
周囲から一斉にミュスティカァ国の兵士が飛び出し、ローマン男爵令嬢を取り囲む。剣の切っ先を複数向けられた男爵令嬢は顔を引きつらせ、震える声を漏らしました。
「な、なんでぇ? ね、ねぇ、ほらぁ、ちゃんとアタシの目を見てってばぁ!」
「何度貴様の目を見ようが不快感しかわかぬわ。余をあの弱い王子と同列に考えるなど無礼の極み……貴様程度の魅了魔法、打ち消せぬと思ったか」
「え?」
驚いた声を上げたのはお嬢様だった。当然、私も驚いている。国王夫妻もだけど、王子殿下だけは不思議そうな顔をしているだけだった。
「その第一王子と、あの辺りにいる貴族どもは大方、こやつの魅了魔法にかかっているのだろう。神殿で一週間も過ごせば正気に戻るはずだ」
「み、魅了魔法なんて、そんなもの使ってないですぅ。クルト様たちはぁ、純粋にあたしを愛してくれていますっ」
「ならばあのものたちが神殿に預けられても文句はないな? 知っているか、愚民。魅了の魔法は一度効果が切れると、二度とかかることはない。身体に免疫が出来るためだ。クライネの王よ、ただちに王子らを神殿に預けることを推奨する。この小娘は王子を誑かし国を陥れようとしていた可能性があるゆえ、結果がわかるまで牢に入れておくのがよかろう」
「は……はぁあ?! なんでアタシが!」
「仰せの通りに。クライネの兵たちよ、ミュスティカァの兵に代わりその女を連れて行け! 第一王子以下側近候補だった貴族令息は全員、神殿に一週間監禁とする!」
まさか、魅了の魔法を用いていたなんて。魅了の魔法はずっと禁忌とされているものです。
国を揺るがしかねないのですから当然のことですが……王子殿下は危うく、国を滅亡へ導くところだったのかもしれません。
「バルツァー嬢よ。一週間経てばあの王子は正気に戻るだろう。お前が望めば、再び婚約を結ぶこともできるであろうが……」
お嬢様はゆっくりと首を振りました。
「殿下も被害者であったことはわかりました。でも私はもう、あの方と共にいることは出来ません。それに正気に戻っても事実を知った殿下は、私に対して罪悪感を抱くでしょう。どうか殿下には私のことなど忘れて、あとはただ国のために生きて欲しいと、そう思います。それが王族として生まれたものの定めであると思いますので」
「そなたは優しいな、バルツァー嬢。魅了魔法は洗脳ではない、かけてきたものに恋心を抱かせるだけのものだ。第一王子がお前にあのようなことをしたのは、あの王子の本性に他ならない」
強制的に恋をさせられて、その相手の言葉を鵜呑みにしてお嬢様を責めた。王子殿下にはその罪を抱えて生きて欲しいものです。
お嬢様に直接言うことは出来ませんが……私はどうしたって昨日の、それ以前からの殿下の態度を許すことは出来ませんから。
「優しさではありませんわ、陛下。優しさならそれこそ、殿下との復縁が一番の温情でしょう。……王位継承権は下がり、そして殿下有責での婚約破棄。充分な罰を与えていただきました」
「そうか。そなたが満足した結果であるのなら良い。では今度は余の話を聞いて貰おう。――そなた、余の国に来る気はないか」
「……え?」
「余の婚約者になる気はないか。次期王妃として、そなたを迎え入れたい」
今日一番のざわめきが、パーティー会場に広がりました。かくいう私も気分が高揚して、背筋がだいぶ伸びています。
「貴族令嬢としての振る舞い、心の強さ、実に素晴らしい。時に見せる弱さは、余が受け止めよう。前国王が隠居を急かしたばかりに、婚約もせぬまま今に至る。普通なら有りえんことだがな。我が国にも素晴らしい令嬢はいよう。だがそなたほどの人間を見つけられるかはわからない」
「陛下。後半が事務的に聞こえます」
「ふむ、そうか。では、はっきり言おう。ひと目で恋に落ちた。余と共に国を支える王妃となってほしい」
あぁ、お嬢様。
私にはわかります。いえ、勘ですが、わかるんです。
この方はお嬢様を幸せにしてくださいます。この国より強大な国です、王妃となるには今以上に大変かもしれません。だけれど、頷いて欲しいです。幸せになってほしいです。
どうか、お嬢様。
「……陛下。私と陛下との結婚が国のためになるのなら、私に否やはありません。私は公爵家の娘ですので、両親に相談しなければなりませんが……それと一点、確認したいことございます」
「何だ?」
「もし輿入れとなった場合……私の侍女、カルラを共に連れて行くことを許してくださいますか?」
お、お嬢様……!
「カルラとはずっと一緒に育ってきました。彼女はずっと私のそばで、私を支えてくれている存在です。元は平民ではありますが、一通りの作法は習得しております」
陛下は泣きそうになっている私を一瞥して、それからにっ、と笑いました。
「構わぬ。あの王子が暴れていた折に、王子を射殺さん勢いで睨んでいた侍女だ。中々良い気概の持ち主だと思っていたのだ」
「まぁ……カルラ」
仕方のない子ね、と言う顔で笑うお嬢様はやはり美しく、私はもう、涙を堪えきれなくなっていた。
お嬢様。私の一番大切な、お嬢様。
どこまででもついていきます。この国よりもずっと大きな国の王妃となるのなら、私はそれに相応しい侍女になるべく努力します。
あなたの幸せのためなら私は、何だって出来るのです。
その後お嬢様は公爵夫妻に相談し、クラウゼヴィッツ陛下と婚約することになりました。
「エルネちゃんが向こうに行くなら、私たちの拠点も向こうに移そうかしら?」
「そうだなぁ、息子もいることだし」
夫妻のこのお言葉で、バルツァー公爵家は全員、ミュスティカァ国へ引っ越すことになりました。王家は最後まで渋っていましたが、ミュスティカァ国に喧嘩を売ることになってしまうと考えたのか、泣く泣く認めたようです。
王子殿下とその側近候補だった方々は無事魅了の魔法が解け、今は正気に戻っているようです。王子殿下は罪悪感と不甲斐なさで自ら騎士団入りを希望し、王位には一切関わらないと宣言したとのこと。
ローマン男爵令嬢はその罪を問われ、男爵家からはすぐに縁を切られたそうです。それから魔力を封じる処置をされ、北の地にある修道院に送れられとか。
そして、お嬢様はと言うと。
あれから陛下に熱心に口説かれて、徐々に絆されつつありました。
陛下の自身に満ちた言葉には嘘偽りなく、次第にお嬢様も陛下に想いを寄せるようになったのです。
「王妃教育はあちらの国よりも大変だけれど、でもバルトが支えてくれるから耐えられるの。それにあなたもいるし、バルトに相応しい王妃になるために頑張るわ」
そう笑ったお嬢様の顔は、とてもとても、可愛らしかった。思わず胸にキュンと来るほどに。
「心配するな、カルラ。余は一生をかけてティニを愛し守ると誓う。約束を違えた日にはカルラ、そなたが余を殺しに来い」
私ならそうするだろうと、陛下はわかっている。
ちなみに「ティニ」という愛称は、「エルネだとあの王子とかぶるだろう」とのことでした。この独占欲なら、大丈夫な気がします。
お嬢様、どうか幸せに。私はずっとずっとお傍で、お嬢様のために心からお仕えします。
愛しいお嬢様、大切なお嬢様。
あなたのために、カルラはあるのです。
蛇足ですがこのあと私は、ドミニク様と共に「国王夫妻の幸せを見守る会」を結成したのでした。
悪女と呼ばれ王子殿下から婚約破棄された私のお嬢様ですが、隣国の国王陛下が幸せにしてくれます! @arikawa_ysm
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