第45話 『旅立ち』


 西門横にある馬車乗り場の前で、家族達が俺達の事を待っている。


 俺の家族はもちろん、ファルの家族も来てくれているのが見える。

 流石にクリスの家族は顔を出すと一帯がパニックになるので来てはいないが、代わりに執事のカイネルさんとメイドのサラさんが来てくれているようだ。

 顔に見覚えが無い人達はおそらくオードリーの家族なのだろう。 薄らオードリーの面影を感じる。


 エマは……来てないのか…


 辺りを見回してみたが、どうやらエマはここへ来ていないらしい…

 寂しくなるからか、未だに迷っているからか、どんな理由であれ顔を見せるぐらいはして欲しかったな…


「リンク、いよいよ旅立ちの日だな」


 俺が待ってくれていた家族の元まで来ると、最初に父さんが声を掛けてきた。


「うん、いよいよだ。父さん、母さん、リリー、見送りに来てくれてありがとう」


「来るに決まってるじゃないの。めでたいのか、寂しいのか、感情がよくわからない事になってるけどね……」


 母さんは寂しそうにしながらも、いつも通りの慈愛に満ちた表情を見せてくれている。

 俺が安心して旅立てるように前向きな気持ちで見送りに来てくれたようだ。


「手紙はちゃんと頻繁に出すようにするから、そんなに寂しがらないでよ」


「……寂しいものは寂しいのよ!!」


「ご、ごめんって!」


 母さんの顔が慈愛に満ちた表情から一転して、怒りの表情へと変わったので俺は慌てて謝る。


「おいおい、こんな日に言い争うなよ…」


 父さんが呆れた表情で母さんの事を見つめている。


「わかってるわよ…。そんな事より、ニコールとは王都でちゃんと会えそうなの?」


「うん、多分大丈夫だと思うよ。事前に手紙も出しておいたからね」


「そう、なら良かった。何かあったらニコールを頼るのよ?」


「うん、わかってる」


「お前がどれだけ王都にいるのかわからんが、王都にいる間は兄弟仲良くしろよ?」


 父さんは俺を茶化すようにそう言ってきた。


「それは絶対大丈夫でしょ」


「わからんだろ〜。同じ女に惚れるかもしれんし」


「いや、無い無い!」


「ちょっとアナタ… そのふざけ方は私嫌いよ?」


「えっ…!? あっ、いやー…」


 ……こりゃ駄目だ。母さんがキレてらっしゃる。


「にいちゃ……」


 俺が両親の痴話喧嘩を眺めていると、さっきまで母さんの横で俯いていたリリーが、いつの間にか俺の服の裾を掴みながら俺の顔を見上げていた。


「リリー、どうした?」


「ほんとにどっかいっちゃうの…?」


「あぁ。色々な所を見てくるからしばらく帰ってこれなくなるな…」


 俺はしゃがみ込んでリリーと目線の高さを合わせる。


「にいちゃとはもうあえないの……?」


「いやいや! いつになるかわからないけど、また近いうちに帰ってくるよ!」


「ぜったい!? やくそくできるっ!?」


 リリーはいきなりデコ同士が触れるぐらいの距離にまで顔を近づけてきて、俺の頬を両手で掴みながら真剣に問い詰めてくる。


「や、やくしょくしゅる!」


「よし!にいちゃいい子!」


 ほぼ脅迫に近い約束だったが、リリーは満足したようで俺の頬から手を離してくれた。


「おいリンク、どうやら仲間達は別れの挨拶を済ませたみたいだぞ」


「えっ?」


 父さんからの一言で後ろを振り向くと、どうやら本当にみんな挨拶を済ませたようで、既に3人で集まって俺の事をニヤケながら眺めていた。


 なんて面で見てきてるんだアイツらは…


 俺はリリーの目線の高さから立ち上がり、両親の方へと目を向ける。


「それじゃあそろそろ行くよ」


「あぁ… 達者でな」


「任せて」


「お願いだから大怪我だけはしないようにね…?」


「大丈夫。無理はしないよ」


「にいちゃ! やくそくだからね!?」


「あ、あぁ…。ちゃんと帰ってくるって」


 父さん、母さん、リリーは、一言ずつ旅立つ俺へ言葉をくれた。


 『達者に生きる』

 『大怪我をしない』

 『必ず帰ってくる』


 俺はこの3つの約束を胸に刻み込んだ。


「父さん、母さん、リリー、いってきます」


「「「いってらっしゃい」」」


 家族の優しい声が心に響く…

 俺は涙が出るのを堪えて、笑顔を見せたまま家族と別れる事にした。




 家族の元から離れてパーティメンバーと合流すると、俺達は順番に馬車へと乗り込んでいく。


 俺が最後に乗り込もうとしたその時、後ろから声が聞こえてきた。


「待ってぇー!!」


 俺がその声に振り返ると、遠くからこちらへ駆けてくるエマの姿が目に入った。


「「「「エマっ!!」」」」


 既に馬車の中へ乗り込んでいた3人も外へ飛び出してきた。


 エマは息を切らしながら俺達の元まで駆け寄ってくると、背負っていた荷物を俺に手渡してきた。


「これは…?」


「ハァ… この中には、ポーションが20本 ハァ… 入ってるから…持ってって…!」


「えっ…? それじゃあエマの荷物は……?」


「ハァ… ふぅーーー… 無いよ!私は行かない事にした!」


 エマは息を整えると、いつもの笑顔で明るくそう答えた。


「そうか…。それがエマの選択なら仕方ないな……」


「でも! 今日は行かないだけだから!!」


「………ん? えっ?」


「私はもうちょっとこの街で修行して、今年中か来年になるかはわからないけど、絶対後から合流するから!!」


「なるほど……」


「だから一旦お別れ!!」


「……わかった。それじゃあ『一旦』お別れだな?」


「そういう事!」


「ハハッ… 良かった…。それじゃあ先に行って待ってるから絶対来いよ!?」


「うん!待ってて!」


 俺達はエマと『一旦』別れる事にして馬車へと乗り込んだ。


 本当にエマが元気で良かった……




 俺達が席へ座ると馬車はゆっくりと動き始める。

 そして、馬車はそのスピードを保ったまま門を潜り街の外へと出ていく。


 俺達は馬車の後ろから顔を出して、どんどん離されていく家族達へ必死に手を振る。


 徐々に見えなくなっていく家族達。


 最後の最後で俺の目に映ったのは、泣き崩れる母さんとリリーの姿だった…


 俺には見えてしまっていたが、おそらく2人は俺達が見えなくなるその瞬間まで涙を我慢していたのだろう。


「これはキツいな……」


 俺は思わず呟いてしまった。


 街から離れていき完全に家族達が見えなくなると、オードリーは泣き崩れた。

 オードリーを介抱しているクリスの目にも涙が浮かんでいる。


「絶対生きて帰ってくるぞ…」


「あぁ…!」


 俺は横で下唇を噛んで涙を堪えているファルに声を掛けた。


 普段は冷静で感情の浮き沈みが少ない奴だが、やっぱりコイツは心の中に熱い気持ちを持ってる……




 馬車は街から離れていくほど徐々に走るスピードを上げていく。

 そして、ついに街すらも見えなくなってしまった。


 俺が生まれた街『モルフィート』……

 家族と暮らし、仲間と出会い、冒険者になった街だ。


 そんな街から俺はついに旅立った…


 まだまだやり残した課題だらけだ…

 装備の新調もそうだし、欲しかったスキルもまだ手に入れられていない。

 知りたい事だってまだたくさんある。

 そして、これからもどんどん課題は増えていく事だろう…


 だが、俺はそれがどれだけ幸せな事なのかを既に理解している。

 何故なら、1つ1つの課題、いや目標が俺の冒険者人生を豊かにしてくれるからだ。


 だから、俺はこれからも進み続ける。

 偉大で自由な冒険者になるという目標を叶えるその時まで……

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