第21話 『始動』
俺達は現在、北の森の中を歩いている。
今回は『剣刃』という保険も無いので、走ればすぐ森から出れるぐらいの範囲内を探索をする事にした。
出来るだけ音をたてないように森を歩く事30分。
横を歩いていたファルが急に足を止めて、前方を見つめながら俺とクリスに小声で話しかけてきた。
「ちょっと止まってくれ・・・この先に何かいる」
・・・ん? 俺には何も聞こえないし、何も見えてないんだけど・・・
「確かか?」
「あぁ、声が聞こえた。多分ゴブリンの声だと思う」
「ファルは凄いね・・・僕には何も聞こえなかったよ」
俺もさっぱりだ・・・ ファルは俺やクリスよりも耳が良いって事だな。
「で、どうする?」
「とりあえず視認出来る距離までは近づかないとな。現状ファルしか状況を把握出来てないし」
「「了解」」
音を殺しながらファルが示す方向へと進んでいく。
すると20mぐらい前方で、ゴブリン4体が魔物ではない普通のウサギを囲んでいるのが見えてきた。
「ゴブリン4体だ。なんとかなるな」
「・・・そうなのかい? 僕はゴブリンの強さがどんなものなのか知らないから、正直不安があるんだけど・・・ファルはどう思う?」
「俺もリンクと同意見だ。けど、周りに他の魔物がいないかは確認する必要があると思う」
「ファルも同じ意見なら少し安心してきたよ・・・」
「クリス、そんなに不安がる必要もないと思うぞ? 確かにゴブリンは他の魔物よりは少し知恵が回るけど、体は人間の10歳ぐらい、賢さは人間の5歳ぐらい。そう思えば大丈夫だと思えてこないか?」
「うん・・・確かにそう聞けば大丈夫そうな気がしてくるね」
「だろ? でも油断は禁物だ。ゴブリンも他の魔物と一緒で、こっちを殺すつもりなのは違いないからな」
「・・・・・リンクは僕を安心させたいのか、不安にさせたいのか、どっちなんだい・・・?」
「俺は油断せずに、でも臆病になる必要はないって言いたいだけだよ」
「なるほどね・・・」
慎重さはクリスの武器の1つだな。
でも今回ばかりはそんなに慎重にならなくても大丈夫だ。
「よし。じゃあ作戦を指示するから聞いてくれ。ファルは音魔法で音を消しながら周りの確認をしてきてくれ。確認が終わったら俺達が隠れている場所の反対側から、ゴブリン1匹を不意打ちで仕留めて欲しい」
「任せろ」
「クリスは俺とここで待機。ファルが1匹仕留めたのを合図に飛び出して、残った3匹の注意を引き付けてくれ」
「わかったよ」
「俺はクリスに惹きつけられたゴブリンをファルと一緒に狩っていく。把握したか?」
「「 おう 」」
「じゃあ始めよう」
指示を終えると、ファルは『音魔法』を使って無音の状態で駆け出していった。
待つ事3分、ウサギ狩りに苦戦しているゴブリン達へ無音の矢が飛んできて、1匹のこめかみを貫いた。
その1匹がドサッと音をたてて倒れるのを確認した瞬間、クリスがゴブリン達の前に飛び出していき、盾を剣で叩いて注目を集める。
カンッ カンッ カンッ
「ほらこっちだ!」
「ギ!?ギギャ!!ギャ!」
クリスが大きな声で挑発すると、ゴブリン達は仲間が矢で倒された事など忘れたのか、クリスに対して敵意を剥き出しにした。
ゴブリン達がクリスに飛び掛かろうとしているのを確認した俺は、木陰から出来るだけ静かに飛び出して、ゴブリン達の後方へと回り込む。
ゴブリン達の背後に迫ると、完全にクリスに気を取られている1匹の首に短剣を突き刺す。
それと同時に、反対側からファルの矢が飛んできてもう1匹の頭を貫いた。
「ギャ!?ギギャ!?」
「フンッ!!」 ゴッ!
仲間が同時に倒されてパニックになった最後の1匹を、クリスがシールドバッシュで吹き飛ばした。
「おっ・・・!これはチャンスかもな」
吹き飛ばされて転がっているゴブリンを見て、俺は手に持っている短剣を腰の鞘に戻した。
そして、立ちあがろうとしているゴブリンの目の前で構える。
「ファル!クリス!ちょっと試させてくれ!」
そう言っている間にゴブリンは立ち上がってきて、素手の状態で目の前にいる俺に飛び掛かってくる。
「ギャ!!」 シュッ
うぉっ!! いきなり爪で目を突いてきやがった!!
こういうのはやっぱ模擬戦では味わえないな!
「よいっしょ!」 ガコッ!
俺は目突きを躱されて隙が出来たゴブリンの両耳を掴んで、そのまま顎に向かって膝蹴りを見舞ってやった。
しかし、膝蹴りをまともに喰らったはずのゴブリンは、倒れる事無くフラフラになりながらも俺を睨んでくる。
おぉ・・・失神ぐらいすると思ったんだけどな・・・まぁいいか。
「ファル!」
俺が手を上げてファルに大声で呼びかけると、ゴブリンの後方から矢が飛んできて頭を貫いた。
ゴブリンは徐々に目から光を失っていき、ドサッと音をたてて地面に倒れた。
よし。このぐらいの速さなら大丈夫だな・・・
「ファル出てきてくれ!」
矢が飛んできた方向へ声をかけると、木の影からファルが顔を出す。
「リンク、今のは仕留めろって意味で良かったんだよな?」
「あぁバッチリだ」
あのまま続けても、ただ悪戯にいたぶるだけだったからな・・・
「そうか、ならよかった」
「・・・それにしてもリンク、素手で戦おうとするのがいきなり過ぎないかい?」
クリスが不安そうな顔をしながら問いかけてきた。
「いやぁ・・・まぁ弾みでな! ゴブリンが『体術』の訓練相手になるかを知る為に、理想的な状況だったからつい・・・・」
「ついって・・・」
「でもさっきのでわかった。1対1なら5レベルあれば素手でも余裕で戦えると思う」
「そうなんだ・・・」
なんかクリスに引かれてる気がする・・・呆れたような目で俺の事見てるし・・・
「まっ、とりあえず討伐証明部位の右耳と魔石を回収しようか」
「「了解」」
それから手分けして素材を回収し終えると、時間もまだ余ってるので次の獲物を探し始めた。
探索を1時間程続けていると、俺達がいる所より少し森の深くから、戦闘音と魔物の叫び声が聞こえてきた。
デカい鳴き声だな・・・
誰かが戦ってるみたいだけど、これはどの魔物の鳴き声だ・・・?
「リンクどうする・・・?」
クリスが不安そうな顔で俺に尋ねてくる。
「どうするか・・・ 戦闘音からして魔物と戦ってるのは人間だな・・・ 魔物の叫び声しか聞こえないから苦戦してるような感じは無いか・・・」
「じゃあそんなに心配する必要は無いんだね?」
「あぁ、大丈夫だと思う」
「それなら良かった」
「よし、ちょっとだけ覗きに行ってみるか。この鳴き声がどの魔物の鳴き声なのか気になるし」
「・・・そんな気になる事かい?」
「だって戦闘音が聞こえるぐらい近くで戦ってるって事は、森の浅い場所でも出会う可能性のある魔物って事だろ?」
「そうだね」
「それならどんな魔物で、どんな戦い方をするのか知っておいた方がいい。もちろんバレない距離から覗くつもりだけどな」
「なるほど、それなら納得だよ」
「俺も問題無い」
「よし。じゃあ行こう」
そして、俺達は戦闘音が聞こえる方向へと音を殺しながら歩き始めた。
100mぐらい進むと、4人の人間が大きな魔物と戦っているのが見えてきた。
おぉ・・・結構デカいな。体長2m以上、二足歩行で頭は豚。
「『オーク』だな・・・たしか討伐依頼はDランクから受けられるようになる魔物だ」
見た目は領主邸にあった魔物関連の情報そのままだな。
「確かにあれはオークだろうね・・・ 2mを超える体躯、豚の頭、手には棍棒、どれも本で読んだ情報通りだよ」
「そんな事よりリンク、あの人達思ってたより苦戦してないか・・・?」
「あぁ・・・ そうだな・・・・」
ファルの言う通りだ。思ってたより苦戦してやがる・・・ 多分装備からして冒険者だよな?
剣使いの男2人が前衛、槍使いの男1人が遊撃みたいな動きをしてる・・・
そして、3m以上離れた後方で物語の魔女みたいな格好をした女が1人。
パーティバランスはそこまで悪くないような気がするんだけどな・・・
「あのオーク、前衛を無視して後ろの女の子に向かおうとしてないかい・・・?」
確かに・・・
前衛が全くオークの注意を引き付けられてないな・・・ 前衛陣の攻撃が全然効いて無いのか?
「ん?おいおい、何をする気だあの女?」
俺が戦況を観察しながら考えていると、オークに狙われている魔女みたいな女が、持っている杖をオークへ向けて何かを呟いた。
すると、杖の先から1m近くある大きな氷の塊が現れて、オークへ向かって飛んでいく。
ドゴッ!
氷の塊をぶつけられたオークは、後ろに吹き飛ばされて痛みに悶えている。
「おっ!! あれは『氷魔法』か!?」
「多分そうだろうね!それにしても凄い威力だ・・・」
俺とクリスが驚いていると、オークは悶えながらもなんとか立ち上がる。
そして、自分に対してダメージを与えた女に向かって、鳴き叫びながら突撃し始めた。
「ブゴォォォオオオ!!」
女は前衛の仲間に何かを叫んでいるが、前衛陣にはその突撃を止める事が出来ず、吹き飛ばされてしまっている。
俺はその戦況を草木の影に隠れて覗いていたのだが、考えるよりも先に立ち上がって気付くと駆け出してしまっていた。
「ファル!俺がオークの動きを止めるから狙えそうな所に矢を撃ってくれ!」
「なっ!? あ、あぁわかった!」
ファルは俺がいきなり立ち上がった事で驚いていたが、急な指示でも素直に聞き入れてくれた。
俺は駆けながら服に付いているフードを被り、オークの死角から戦場へ飛び出した。
気付かれないまま背後まで近づくと、俺はオークの背中に手を当てていつもの数倍の威力で魔法を発動する。
「スタンガン!」 バチンッ!!
手の平から走った電撃は、大きな音を鳴らしてオークの体を駆け巡った。
「今だ!」
ヒュッ!
ファルは俺の声に反応してちゃんと矢を放ってくれたようだ。
矢はオークの右目を正確に射抜いている。
「フゴッ・・・ブゴォッ!!!」
「マジか・・・!もう動けるのかよ!」
硬直していたはずのオークは、意識が戻ると潰された目の痛みに気付いて怒り始めた。
俺が思ったよりも早く動き出した事に焦っていると、『氷魔法』使いの女がオークへ向けて魔法を放っていた。
状況を理解出来てないのか、困惑してキョロキョロ周りを見回しているオークの頭上に、2mを超える氷塊がいきなり現れた。
そして、その氷塊はとてつもないスピードで落下し始める。
「フゴッ!!?」
周囲に影がさしたことで、オークは自分の頭上に何かがあると気づいて上を向いた。
だが落下してくる氷塊を避ける事が出来ず、そのまま頭を潰されて息耐えたのだった・・・
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