迷鳴雷雷 〜二度目の人生は冒険者〜

下町のケバブ

第一章 二度目の少年時代編

プロローグ

 

 殺しちまった……。


 まぁ殺されても仕方がないような糞親父だったけど、まさか俺が殺るとは思ってなかったな。


「痛ぇ…」


 痛みを感じて灰皿を握っている手を見ると、血まみれの右手の親指が逆方向に曲がっている。

 強く握られている手を広げ灰皿を落としてから、俺は足元に転がる父親だったものを眺めた。


 死んでるよな…?

 人を殺したって実感があまり湧かないのは、俺がコイツを人だと思ってなかったって事なのかもしれない。

 それでもやった事の責任は取らねぇとな……自首するか…。


 そして、俺は古びた狭いアパートのドアを開けて外へ出た。




 泥門でいもん りく 工場勤めの26歳、独身。


 俺の母親は元々心臓が弱かったらしく、そのせいで俺を産んだ時に亡くなってしまったらしい。

 そのせいで父親は心を病んでしまい、俺へ虐待する事が日課になった。


 子供の頃は泥門でいもんという苗字と薄汚れた服のせいでと呼ばれ、よく学校で虐められたりもしたが、俺は虐められても落ち込むような子供じゃなかった。

 虐められてはキレて殴りかかり、ボコボコにやり返されてもまた殴りかかるような、少し血の気が多い子供だったと思う。


 そんな俺でも父親だけには逆らう事が出来なかった…

 暴言を吐かれ殴られても黙って耐える事しか出来なかった。

 それは大人である父親にビビっていたのか、それとも母親の死に対して罪悪感を感じていたのか、本当のところはどうかわからない。


 そんな家庭環境だったからこそ、俺は中学卒業と同時に家を飛び出した。

  逆らうのでは無く逃げる事を選んだ。


 父親の財布から金を盗んで遠くの田舎町まで逃げて、その町の工場に飛び込みで雇って欲しいと頼み込んだ。


 俺の身の上話を聞いて同情してくれたそこの工場長は、そんな俺を突き放す事はせず自分の家に住まわせてバイトとして養ってくれた。

 俺は工場長を『おやっさん』と呼んで慕い、18歳になり正式に雇ってもらってからはボロアパートで一人暮らしをしながら、恩を返すように必死で働き続けた。




 そして今日、26歳になった雨の日の誕生日。


 仕事終わりにおやっさんや仕事仲間と2時間ぐらい居酒屋で呑んでから家へ帰ってくると、記憶から消し去りたいと願い続けた男が何故かアパートの前に立っていた。


「やっと見つけたぞお前……」


  なんで…?なんでここにいる!?


「とりあえず濡れるから家にあげろよ。な?」


 ソイツは苛立ちを見せながら、俺に約10年ぶりの命令をしてきた。


 今まで死ぬほど恨んできたし、あれから10年も経ったというのに、俺は結局逆らう事が出来ず男を部屋へあげてしまった…


 俺が先導して部屋の中に入ってドアを閉めた途端、ソイツはせきを切ったように俺に向かって怒鳴り始めた。


「どんだけ探し回ったと思ってんだオイッ!! 母親を殺したお前が自由に生きる事が許されると思ってんのか!? まず俺から逃げた事を謝罪しろ! そこで土下座するんだよ!!」


 その時俺は、目の前にいる男の顔と怒鳴り声のせいで、子供の頃の虐待の記憶を走馬灯のようにフラッシュバックさせていた。


「聞いてんのか? 土下座も出来ねぇのかお前は!? 返事しろオ"イ!」


 そして、男はパニック状態になっている俺を殴り飛ばしてきた。

 殴られて床に倒れた俺は、頭の中が真っ白になりながらも男を見上げる。すると、男はニヤけながら俺の事を見下していた。


  なんだコイツ…

 なんで俺がこんな奴に見下されなきゃいけないんだ…?

 なんで… なんでこんな奴にっ!!!


 気付くと俺は、流し台に置いてあったガラスの灰皿を掴んで男の頭を殴っていた。

  男が倒れた後も、馬乗りになって何度も何度も顔や頭を殴り続けた。


 そして殴り疲れて立ち上がった俺は、足元に転がっている自分の父親だったモノを見下ろしていた……




 アパートを出るとまだ外は雨が降っていた。

 俺は傘もささずに、最寄りの交番までの道のりを歩きながら自分の人生について考えている。


  はぁ… 結局俺は生まれてからずっとアイツに人生を縛られていたんだな。

 いや、これからもか…


「クソッ!手が痛ぇ…!」


  全部アイツのせいだ!

  あぁ… おやっさんに迷惑かけちまうな……

  自首する前に謝りに行くか…? 拾って面倒見てくれた感謝を捕まる前に伝えておきたいし。


 そして俺は、自首する前におやっさんの家へ向かおうと道を引き返そうとした……

その瞬間。


  ッバァァァァァァァンン!!!!


 急な轟音と共に衝撃が体を駆け巡り、俺の意識を刈り取った。




  んー… どこだここ…?

  雨が降ってる… 俺は今外にいるのか?

 もしかして俺は野外で、しかも雨が降っている中で寝ていたって事なのか…?


  意識が戻り目が覚めると、俺は自分が何故こんなところにいるのか全然わからなかった。

  とりあえず状況を理解する為に周りを見渡すと、足元で誰かが倒れているのが目に入った。


「うわっ!誰!?」


  …えっ? この顔は…俺か?

 なんで俺がこんなところに倒れてるんだ…?


 ……ってかその前になんで俺が俺を見てるんだ!??


  俺はパニックになりながらも、自分と思われる足元の体をいろんな角度から観察した。


  なんか焦げてる…? なんでこんな……


  俺が焦げの原因について考えていると、急に空がピカッと光り、ゴロゴロゴロと雷の音が鳴り響いた。


  まさか… 雷が落ちたんじゃねぇよな?俺に…

  でもそうなると今の俺は何だってんだよ? 幽霊じゃあるまいし。


  ん? 幽霊じゃ…あるまいし……?


  あれ!? もしかして俺死んだのかっ!?

  雷が落ちて!? えっ俺が!?!?

  と、とりあえず心臓の音を確認す、するんだ!


  俺はテンパりながらも、倒れている自分の体に耳を当てて心音を確認する。


 ……心音聞こえねぇ! ってことは心臓動いてねぇ!!

 つまり死んでんじゃん!俺死んでんじゃん!!!


「ウソだろ…」


  というか、そもそもなんで俺は雨が降ってるのに傘も刺さずに外にいたんだ?

  なん…で……あれ?


 あぁ… そうだ。

 俺は自首する為に交番へ向かってたんだった。アイツを殺したから……


  全てを思い出し、足元に転がる焦げ臭い自分の体を見下ろしながら思いを吐き出す。


「こんな幕切れか…。俺は唯一の恩人に感謝と謝罪も伝えられないまま死んだっていうのか…。これじゃまるでアイツを殺したせいで俺が天罰を受けたみたいじゃねぇかよ…! 違うだろ!? 俺とアイツの命は等価じゃねぇだろ!? なんで俺がこんな死に方なんだよ……!!」


  誰にも聞こえない叫び声が雨空に消えていく。

  そして、俺の霊体も空へと吸い込まれるように浮き上がっていく…


  あぁ… 俺はこのまま消えるんだな……


  天国も地獄も信じてはいないが、地獄には行きたくねぇなぁ…絶対アイツもいる…

  あんな奴でも殺しちまったら地獄行きになんのかな…?


  あぁ… おやっさんに会いてぇなぁ…

  こんな俺に良くしてくれた事への感謝はちゃんと伝えたかったなぁ……



  そんな事を考えながらも俺はぐんぐん空へと昇って行き、分厚い雨雲に呑み込まれていった。


  そして消えた俺の魂は新しい命の雫となって、別の『世界』へ生まれ落ちる……



「おんぎゃぁ!おんぎゃぁあ!!」


「おぉ!!おめでとうございます!元気な男の子ですよ!」

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